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チョコレート・ハウス 死  作者: 猫又


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パペット人形

閉所恐怖の方、引き返してください。

大事な事なんで二回言っときます。

「アキラ君て、最近、ちょっと変わった気がしないか?」

 と帰りの車を運転しながら藤堂が言った。

 濡らしたタオルで顔を抑えて美里が藤堂の方へ振り返った。

「どんな風に? てててて」

 しゃべると殴られた顔面に響き、美里は顔をしかめた。

「どんな風にって言われるとうまく説明できないなんだけど。もちろん、これまでの生活で彼のすべてを知ったなんていうつもりはないけど」

 と言って藤堂は口をつぐんだ。

「何?」

 と言って美里が笑った。

「そろそろ正体を現してきたってわけ? そうね、あの子には別の器があるかもね。あの子には殺人鬼なんて上辺の仮面かも。生きるためにハンターをしていただけで、私と違って格別に破壊するのが好きって感じじゃないもの」

「アキラ君がハンターをやめたいのならそれでいいさ、誰も強要はしない。笹本さんも残念がるだろうけど、反対はしないと思う。そういう気のゆるみは失敗に繋がる」

「そうね」

 と美里は相槌をうった。


 藤堂が言いたいのは、アキラが殺人鬼の仮面をかぶった善良な人間ではないかという事。

 無理に残酷で残虐、非道な仮面をかぶっている。

 それがすべて美里の傍にいたい為に。

 躊躇なく殺せるのは美里の為だ。

 美里に会う為だけに殺戮を繰り返しながら生きてきた。

 だから美里に出会った今は殺戮をする必要がない。

 それでも殺人鬼を気取っているのは美里と同じ場所にいたいからだ。

 その気の緩みが心配である、という事。

 「そうね、あの子は殺すのはそんなに好きじゃないかもしれないわ」

 と美里がつぶやいた。




 気がついた時にはひどく頭が痛かった。

 少し頭を振ろうとして、何かにひどくぶつけた。

 手を動かそうとして腕も足も少ししか動かない。

 すぐに何か硬いものに当たって、皮膚がひりひりと痛んだ。

 目の前は暗闇だった。

 壁のようなものにがんがんと体が当たっているうちに、自分が座っている事が分かった。

 肩を少し上げるだけで硬い壁に当たる。

 肩を下すとすぐに脇の下にとがった何かが当たる。

 頭を左右に振れば左右にある壁に当たる。

 立ち上がろうとすればすぐに太ももが壁にあたって、しりが落ちる。

 心拍数が早くなり、息が苦しくなってきた。

 まさか、まさか、と思いながら、体を動かす。

 実際には左右上下ともに二センチほどしか隙間がなかった。

 その中で黒羽は座っていた。


 座っているだけだ。

 どこも痛くもかゆくもない。

 美里に受けた傷ももう痛まない。

 ただ黒羽は座っているだけだ。

 人間が座った形にこしらえられたコンクリートのオブジェの中で、黒羽は座っていた。

 真っ暗で動けない。一定の型に固定されたまま、おそらく、息絶えるまで。


 脂汗がだらだらと流れる。

 少しだけ動ける。動けば壁に当たりがんがんと体が痛む。

 動けないという事実が恐怖を呼ぶ。


 顔をかくこともできない。

 汗を拭うこともできない。

 少しも動けない。 


「た、助けてくれ」

 と声を出してみる。

 声は出る。

「誰か! 誰か! エイミ様!」

 と叫んでから、こんな形をしたオブジェを作るのはエイミしかいない、と気がついた。

 自分はエイミの作った作品の中にいるに違いない。

 自分をここに連れてきたのはアキラだろう。

 エイミはアキラに手を貸して部下の自分を見殺しにするのか。

 エイミがアキラを連れ戻せというから、その為に殺人鬼の美里と死闘まで演じたのに。

 

 「エイミ様! エイミ様!」

 二センチの隙間の暗闇の中で暴れながら黒羽はエイミの名前を呼び続けた。 

 

 

 疲れ果ててうたた寝をしてしまう。

 はっと目を覚まして、あれは夢だったのかと思い、そして絶望に突き落とされる。

 何度目覚めても狭い窮屈な暗闇の中。

「助けてください……エイミ様、いっそ殺してください……」

 何度もつぶやく。

 この狭い空間でいつかきっと気が狂う。

 そう思ってから自分はまだ気が狂ってなかったんだと気がついた。 

 幼女の死体愛好者を気取っていた自分はイカレテいるはずだった。

 だがこの窮屈な暗闇の中で彼女のことを思い出したのは今、初めてだった。


 彼女の事だけを考えよう。

 今出来ることはそれだけだ。

 いや、それは彼女に失礼だ。

 自分はいつだって彼女の事だけを考えている。

 愛している、愛している、愛している、愛している。

愛している、愛している、愛している、愛している。

愛している、愛している、愛している、愛している。

彼女だけを愛している。

 絶対に死ぬものか。

 もう一度彼女に会うまでは。

 その思いが少し黒羽を落ち着かせた。

 彼女の可愛らしい顔。

 まだ幼くすべすべしたその身体。

 黒羽に微笑みかける愛くるしい口元。

 美しい恋人を想像し、黒羽のだらしない顔に笑みが浮かぶ。



 プーンと羽音がした。

 わずか二センチの空間の中で羽音がする。 

 あのいやらしい音だ。

 眠れなくなるようなあの音だ。


 猛烈な痒みが黒羽を襲う。 

 かゆい。かゆい。

 反対側の耳にもプーンという羽音が飛び込んできた。

 耳に何かが触れる。

 だがかくことが出来ない。

 体を動かして痒い箇所を壁に押し当てる。

 違う、そこではない。

 痒い。背中が痒い。耳たぶが痒い。

 そしてもう一か所、ふくらはぎのあたりが痒い。

 痒い。痒い。

 かゆいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。

 美しい恋人は黒羽の頭の中から消し飛んだ。


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