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チョコレート・ハウス 死  作者: 猫又


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蜘蛛の糸

「ありがとうございました~」

 コンビニの袋を下げて美里はぶらぶらと歩いている。

 こうしている間もエイミからの刺客は美里を付け狙っているように思う。

 だが攻撃してくるでもない。

 ただ遠くから美里を眺めているだけだ。

 いっその事、美里を殺してその亡骸をエイミの所へ引きずっていけばいいのに。

 きっとエイミは黒羽とやらを褒めるだろう。

 ご褒美に永遠の恋人とやらをもっと装飾してくれるかもしれないぞ、と言ってやりたいのだが警戒して近寄ってもこない。

 ラガーマンみたいにでかくて力もありそうなのに、美里の首をひねるのなど簡単だろう。

 美里はコンビニの袋とともに下げている、新婚旅行で買ったブランドのバッグを持ち直した。少し重いのだが、気に入っている。


「おや、美里君」

 笹本が顔を上げた。調理台の前に立って、真剣に鍋の中をのぞき込んでいる。

「こんばんは」

 もちろんレストランの方ではなく、裏にある解体小屋の方のキッチンだ。

 大きな寸胴から湯気が上がり、キッチンの中も熱気が漂っている。

 クリスマスも近い季節なのに、笹本は汗をかいている。

「何か進展は?」

 と笹本が聞いた。

 美里は首を振った。

「アキラはエイミの元へ戻るのは嫌がってるし、オーナーを殺したら映像を消してやるとかエイミはアキラに言ってるし、私がどこかへ消えればいいのだけどオーナーが店をたたんで一緒に来るとか言うし」

「そりゃ、困ったね」

 と笹本は言ったが、調理に集中したい為に美里の訪問は迷惑そうな感じだった。

「笹本さん、どこに行けばエイミに会えるの? 芸能人に会うよりも難しいんでしょ? エイミに会うのって。私をつけ回してる奴は話をしようにも近寄ってもこないし」

「そりゃあ、今、君に近寄るのは死にたい奴だけだろう」

 笹本はあきらめたようにレードルをシンクの上に置いた。

「笹本さん、エイミの居所、知ってる?」

「アキラ君は?」

「アキラには聞いてないわ。阻止するでしょうから。あの子、私とエイミならエイミが強いと思ってる。私がエイミに殺されると思ってるのよ。失礼しちゃうわ」

 唇を尖らせて美里がすねたように言った。

「あはは」

 と笹本は笑った。

「ただ心配なだけなんじゃないかな。君が世界最強殺人鬼だとしても、君を愛する者達にしては守ってあげたい一人の女性さ。藤堂君やアキラ君にとってはね」

 美里は肩をすくめてみせた。

「だから忠告しておくよ。エイミには手を出さないほうがいい」

「巨大な組織とやらに守られてるから?」

「そうだ」

「私は……」

「殺されたって構わない? そうかもしれないな。君たちみたいな人種は死んでも何の後悔も未練もないだろう。でも、そうだな。もし、君がエイミを殺せば……藤堂君もアキラ君も、藤堂君の店の従業員もその家族もチョコレート・ハウスに来てくれているご贔屓さんもみんな殺されるだろうな。もちろん私もこの店の従業員も皆殺しだろう。それだけの犠牲を出す」

 美里の瞳がきらっと光った。

「そう、それはご大層な事ね」

「だからあきらめてくれ」

 笹本の口調はもはや懇願に変わっていた。

 美里次第では今この瞬間に自分に刃が向くかもしれない、という事を分かっている。

 美里は天性のハンターだ。狩りをしようと思った瞬間には体が動くだろう。

 そして今、美里の瞳は冷たく自分を見つめている。

 自分を殺してしまえば死体を処理する人間がいなくなり、今後の狩りにも支障をきたすという事を美里が思い出せばいいのだが、と笹本は思った。

 

 美里がふふっと笑った。

「エイミと話がしたいだけよ。殺し合いにはならないわ。どうにかお願いして映像を消してもらわなくちゃ。会わなくてもいいから電話とかそういう手段でもいいわ。どうにかならないかしら? お互い人づてに会話するんじゃ、言いたいことも伝わらないし」

「それなら」

 と笹本がほっとしたように言った。

「私の携帯番号をエイミに伝えていただければありがたいわ」

「分かったよ。電話するように伝えよう」

「お願いします」

 と言って美里が笑った。

「それじゃ」

 と言って美里は笹本に背を向けたが、

「でもエイミが私に会いたがったら仕方がないわ」

 とつぶやいた。 

 


 笹本の解体小屋を出て美里は携帯電話を取りだした。

 番号をプッシュし、しばらく待つような素振りをした後、話だす。

「永遠の恋人かぁ。ずたずたに破壊してやったらさぞかしすっとするわね。エイミのとこからうまくかっぱらってきた?」

 と大きな声で話す。

「そう、それはうまくいったわねぇ。今? 笹本さんのとこ、こっちへ持って来てよ。一緒に解体しましょうよ。ええ、待ってる」

 そう言って携帯電話をブランドバッグの中に戻すふりをしながら、中に入っている釘打ち機の持ち手をしっかりと握る。

 考える暇はなかった。

 次の瞬間には釘打ち機を乱射した。

 乱射というほどのものでもなく、一本ずつしか釘は出ないのだが。

 それでも最初の二本が暗闇から突然現れて美里に殴りかかろうとした男の頬に刺さったのは幸運だった。

 黒羽は頬を押さえて蹲った。

 もちろん美里は能書きを言う暇もつもりもない。

 美里はただ釘打ち機を乱射した。

 釘は男の分厚い体を貫通する事はない、それどころか黒羽は打ち出される釘を払いのけるような素振りさえする。

 何本もの釘が黒羽の腕や体に刺さったり、ただ当たって地面に落ちたりしたが黒羽はひるむどころか怒りに燃えた顔で美里の方へ向かってくる。

「へえ、そんなに大切なんだ。永遠の恋人が」

 と美里が言った。

 黒羽は答えない。

「少女の屍体から作ったんですって? 罰当たりね」

 黒羽の顔の筋肉がぴくぴくと動いた。

「殺人鬼に罰当たりなどと言われる筋合いはない」


「私は殺人鬼だからお前みたいなゲスは殺す。それは理にかなってる。お前はゲスでありながらは警官などやって正義面をしていた。そしてその正義の警官は少女の死体を陵辱して喜んでいた。私はこれぽっちも救われたいなどと思わないけれど、お前を殺すことで蜘蛛の糸を上る権利を手に入れるような気さえするわ」

 美里の言葉を聞いて黒羽が笑った。

「貴様の方こそクソみたいな殺人狂のくせに、何をほざく。俺を殺したいならそうすればいい。その細い体がぽきっと二つに折れるだけだ」

 黒羽は生きた女とは話せないのだが、永遠の恋人を破壊するという美里に対しては怒りが勝る。美里の細い首をぽきっと折ってしまう為に、黒羽は美里の方へ太い腕を伸ばした。

 黒羽の巨体が美里の方へにじり寄る。

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