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チョコレート・ハウス 死  作者: 猫又


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ステーキとモンブラン

 アキラさんが帰った後、エイミさんはいらいらした様子で乱暴にカップを取り上げた。

 紅茶を少し飲んでがちゃんとテーブルにカップを置いた。

 その拍子に皿がぱきっと割れた。

 エイミさんはそれを見て嫌な顔をした。

「ああ、もう、嫌になっちゃう! 黒羽は? あの子の仕業なの?」

 エイミさんの言葉に執事さんが、

「黒羽はまだ戻っておりません。連絡もつきません」

 と言った。

「そう」

「黒羽の仕業でしょうか? 本当に撮ったのか、それともただの脅しでしょうか。殺しの最中の映像を撮られるなど、信じられませんが」

 執事さんは新しいカップに紅茶を注いでエイミさんに差し出した。

「さあ、訓練されてるプロじゃあるまいし、アキラならともかく素人のお姉様じゃ撮影に気がつかなくてもしょうがないんじゃない? それにお姉様はどっちかっていうと……破滅型だもの」

「は、めつがたって何ですか?」

 とあたしが聞くと、エイミさんはうふふと笑った。

「お姉様は自ら破滅を招く人よ。自らの身がどうなろうと殺しはやめられない人。それが自分を破滅に追い込んでいても、それが分かっていても、殺したいと思った時にはもう殺してるわ」

「へ、へえ、そうなんですか」

 マミーさんがいなくなってあたしにお茶を飲ませてくれる人がいないので、のどが渇いたなぁと思った。

「本当に素敵よね、お姉様って。お姉様の殺しの映像だなんて宝物にしちゃうわ。黒羽、早く戻ってこないかしらね。わくわくしちゃう」

 エイミさんの機嫌は直ったようだ。

 うっとりとした目でどこか遠くの方を見ていて、うふふふと笑っている。

「笹本シェフ、藤堂氏のデザート、そして有能なハンター姉弟、すべて手に入れるおつもりですか」

 と執事さんが言った。

「そうよぉ。笹本さんのフレンチに藤堂さんのデザートは定評がある。顧客も大勢、コネクションもね。手に入れない理由がある? それに死神でもスポンサーについてるんじゃないかってほどの強運のアキラとお姉様。二人ともとっても綺麗だし、二人を側に置いとくなんてどきどきするわ!」

「なかなか難しいと思いますよ」

「そう? エイミに出来ない事なんかないわ、そうでしょ?」

「確かに……ですが」

「なぁに?」

 執事さんは姿勢をぴっと正して、

「あなたがおっしゃったんですよ。あの方は破滅型だと」

「それが?」

「破滅型の方に弱みはない、と思います。あの方はいつでも正々堂々とした殺人鬼です。弱みがないという事は死角がないのです。例え、実弟のアキラ君だとてあの人の弱みになるかどうか」

「でも……アキラの弱みはお姉様だわ」

 少し頬をふくらませたエイミさんが言った。

「さようで」

「とりあえず、黒羽を捜してちょうだい。ぽんを捨てられたくなかったらさっさと帰って来いってね! それに笹本の事は山田がうまくやるでしょ!」

「かしこまりました」

 執事さんがうやうやしく頭を下げた。


 変なの。殺人鬼の事を正々堂々だなんて言うの、とあたしは思った。

 人殺しなのに捕まらないのかなぁ。

 アキラさんのお姉さんの事らしいけど、一体、どんな人なんだろう。

 アキラさんはとっても素敵なイケメンだったから、きっと綺麗な人なんだろうなぁ。

 そんなことを考えていたら、

「そうだわ、マミーの代わりの世話役を捜さないとね、美貴ちゃん」

 とエイミさんが言った。

「あ、すみません」

「そうねえ。どんな子がいいかしらね。マミーはまだましだったけど、うちにいる子はみんなちょっと変わってるから」

「あ、あの、ジョニーは駄目、ですか」

「え?」 

「前にいたとこで世話をしてもらってた人……で、あの……」

「ジョニー? 男? 男でも平気なの?」

「え、はい。ジョニーは優しいです」

「そう、まだいるかしらねぇ、美貴ちゃんがいいならジョニーを呼びましょう」

 と言ってエイミさんは優しく笑ってくれた。




 駄目と言われると我慢がきかなくなるのは大人でも子供でも殺人鬼でも同じだ。

 大人は理性で我慢し、子供は大人に怒られて我慢せざるを得ない。

 殺人鬼は怒られる事もなく、理性もないので結局我慢が出来ない。

 だが藤堂の為にしばらくは控えようと思ってはいたのだ。

 理性はある。捕まったり、返り討ちにあうのもごめんだ。

 しばらくはケーキ屋さんの奥さんで、と思っていたのだが。



「やっぱり一つの街で暮らしていくのは難しいわね」

 と美里が言った。

「お楽しみと出会う機会も減るし、危険よね。私だって捕まりたいわけじゃないしね」

「んじゃ、出て行く?」

 とアキラが聞いた。

「私がいなくなった後、アキラがここに残ってくれる?」

「何で俺が」

 アキラはむっとしたように答えた。

「だってオーナーを一人にしておけないわ」

「ガキじゃあるまいし、いい年したおっさんだろ。それにすぐに次の若い嫁もらうって。子供産める若い嫁。藤堂さんなら正直さあ、すぐに彼女出来るだろ。殺人鬼じゃない普通の」

 今度は美里がむっとアキラを睨む。

「まあ、その問題は置いといて、こいつどうする?」

 アキラが下を指さした。

 床には男が転がっている。

「どうして自分がこんな目にあうのかきちんと理解させた方がいいと思うの」

 と美里が言った。

「親切だな、こんなクズにそんな時間かけて」

「そう? そうね。じゃ、やっちゃうか」

 そう言って美里は、手に持っていた金槌で男のおでこを思い切り殴った。

 男は手足を縛られ、猿ぐつわも噛まされていたがぎゃっというような声をあげて、びくびくっと動いた。

「駄目ね、割れないわ」

「そうか?」

 アキラが金槌を受け取って、同じように男のおでこをぶっ叩いた。

 びくっと体が動いて、そして静かになった。

 男のおでこは見事に割れて中からマロンクリームのような脳みそがでろっと出てきた。

「お見事」

 と美里が言ったので、アキラがふっと笑った。

「でも、笹本さんにまた無駄にしてって怒られるわね。脳みそは貴重、目玉も潰すな」

「そんな事気にしてたら、狩りなんかつまんなくて出来ねえよ。こっちは肉体労働なのによ」

「そうよね、この破壊するって感触がいいのにね。私、切ったり刺したりってあんまり好きじゃないわ。一瞬で壊れてしまうのが好き」

 と言って笑う美里をアキラはじっと見つめた。

「何?」

「いいや」

「帰りましょうか。今晩、何食べたい?」

「そーだな、ステーキかな。血がしたたるレア、デザートはマロンクリームたっぷりのモンブランで」

「まあ、おいしそう」

 と美里が笑った。

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