第90章
90.
名前というのは、とても大切だ。
「そう、貴女は、ステファニーというのね? 」
名前を知る、それだけで、唯の女がステファニーに変わる。
頬を染め、コクリとステファニーは頷いた。
「・・・貴女、少し遠慮ってものを覚えた方が良いわ。だって貴女、さっきは本気で鞭打ってくれたでしょう? 何度も、本気でイキそうになったわ」
こちらとしては、まさかあの場で、エロい表情を浮かべる訳にもいかないし。
我慢するのは、とても大変だった。
いや、それはそれで、あの代行とかいう男は、わたしを戒めから解放してくれただろうが、それではちょっと、予定と違う。
公開SMショウ、みたいな?
手首を縛られ、ゴツゴツした冷たい石の壁に吊られる、あの感触。思い出しただけで、ちょっと濡れてきてしまった。
ただ、あの男もどうせ助けるなら、早くして欲しかった気はするが。
それに、あの鞭打ちは、後処理がかなり面倒だった。
罰として、背後からステファニーの耳朶を甘噛みする。
小刻みに震え仰け反る細い首筋にも舌を這わせ、左手で身体を支えながら、同時に右手で彼女を苛み続ける。
わたしをステファニーの鞭打ちから助け出してくれた男はわたしを裸に剥いて、部下に身体中の傷を治療させた。正確には治療術士が治療魔法を掛けるのに合わせて、わたしが自分で治療した。
あれだけ鞭打たれると、ニンゲンの魔力では、何年掛かっても治りそうもない。かといって、自分で治すところを見られるのもマズい。
治療術士が意識を集中している部位は、何となく分かる。
それに比べると、実際にわたしの身体中の何処に魔力を集中しているのかは、微妙にハッキリしない。ニンゲンの魔力は弱過ぎて、更には術士の意識が乱れて、ボヤける。
意識の先と、魔力の焦点がズレる。
傷は、脇腹に。だけれど、術士が食い入る様に見詰めるのは乳首だったりすると、わたしとしては、何処を治そうとしているかが分からない。こちらの治癒魔法を、何処の傷に向けて良いのか、分からなくなってしまう。
まぁ、こういう時は、視線の先に治療すべき傷がある訳がない事くらいは、分かるのだが。
治療術士からすれば、普段の何倍もの速さで傷を治せて、自分の天才的な魔法の才能に驚愕していたに違いない。
可哀想だが、それは今日一度だけの事なのだけれど。
如何にか傷が治ると治療術士はサッサと追い出され、代行なる男は自分も裸になったところで、息絶えた。
ゴメンなさい、わたしはサキュバスだけれど、オトコの裸は好きじゃないのよね・・・。
さて、そろそろ城門を開けに行こうかとオトコの私服の物色を始めたところで、何故かオトコの部屋にステファニーが現れ、今に至る。
先程、鞭打ちの最中に目が合ったステファニーは、自分では気が付かないままに、既に
わたしの手に落ちていた。
鞭を振るう高揚で、彼女の心の垣根は穴だらけだった。
それに、如何やら、死んだオトコとステファニーは、そういう関係だったらしい。
多分、わたし自身が先に服を纏っていたら、また違った結果だったかもしれない。
また、脱ぐのって面倒くさいし。
多分、ステファニーは先程死んだオトコの事が、忘れられていなかったのだろう。
心配になったのか、嫉妬に駆られたのか。兎も角それで、この部屋に来た。
だから、忘れさせて、あげる。
それもまた、サキュバスの仕事なのだから。
城門を開けるのは、それからでも良いだろう。




