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第88章

88.

街を取り囲む石造りの城壁は、天を突くが如く高い。

ドウヤッタッて、届かない。

届く、訳がネェ。

オレたちゴブリンが他の魔族連中よりも少し背が低いとか、そんな問題じゃあ、ナイ。

壁に穿たれた壁眼が奥から光を発して、雷光を引き摺る矢が隣のヤツの額に突き刺さる。雷は瞬く間に全身を覆い、痙攣する緑の身体を消し炭の様な黒コゲに変えた。

ワザワザご苦労なこった、属性付与された矢でなくても、十分即死だったろうに。


ニンゲン共は何時だって、鐘楼や壁眼の奥に隠れてやがる。

ついでに、オレたちを急き立てるエライ奴らも、オレたち肉の盾の後ろだ。

オレたちだけが降り注ぐ矢衾に貫かれ、熱い油に焼かれている。

「サッサと攻めろ!グギャ!! 壁を登るンだァ、グズ共め!」

・・・じゃあ、隠れてナイで、オマエがヤレよ。

「よーし、ヤッテやろうじゃネェか! イイか者共、これで、この城は落ちたゾ!グギャ!」

オレの心の声が聞こえたのか、ボスが青いヒゲ面を更に青黒く染めて叫んだ。



オレたちの切り札だったストーンゴーレムが、膝に攻撃を集められて横倒しにぶっ倒れた。大地を揺るがす様な衝撃で、オレらも皆腰を抜かした。朦々砂埃が舞い上がって、暫しニンゲンの目からオレらを覆い隠してくれる。

オイオイ、随分とタカイ、煙幕ダナ。

矢の雨が、止んだ。

ゴーレムは立ち上がろうと健気にもがくが、更に砂煙を増やすだけだ。

珍しく前まで出張ってきていた、この北壁を攻めるオレらのボスは、転んで四つん這いのまま顎を落として、呆然としてる。


「痩せぎす、ダナ」

イヤ、オレらの中では一番背が高く横幅もあるボスが、痩せぎすな訳がない。オレらの分の喰いモンまで、ふんだくって喰ってやがるンだ、コイツが痩せてる訳がない。

オレが見たのは、いつの間にかボスの後ろに現れた、オンナのコトだ。

「オイ、誰が喰って良いと言った?」

ボスは慌てて立ち上がると、オンナに顔を近づけ値踏みしている。

「ダメなのか?」

オレの隣で、そう聞いたのは、オレの弟だ。兄弟皆バラバラの戦場に送られたが、タマタマ、コイツだけ同じ所にきた。余り頭は、良くない。

オンナはボスが汚い顔を近づけてもさして嫌そうな風も無く、というより無表情で、懐から何か封書を取り出すと、ボスの胸元に突き付けた。


「何て書いてあるんだ?」

ボスはオンナから封書をふんだくって汚い手で封を破ると、中の羊皮紙に顔を近づけた。

近づけたが、何時迄も睨んだママだ。

暫く睨めっこを続けた後、そのまま、オレに押し付けてきた。

「オマエが読めよ」

そっかコイツ、文字は読めなかった。


「この指示書を持ってきたオンナに従えダ、と」

この羊皮紙は、所謂正式な指示書だ。一応、未だ憮然としてるボスの手から、指令書を包んでいた封筒も引ったくって検める。素材は土竜が脱皮した時に落とす皮を鞣した物だ。薄く強靭で水を弾くが、いざとなれば中の羊皮紙ごと良く燃える。封蝋には僅かに闇の魔力が籠っている。土竜は南方の魔族の地にしか居らずニンゲンが狩る機会はないし、闇の術式が扱えるニンゲンもいない。

つまり、本物だった。

「馬鹿な事を言うナ!」

オレらのボスが、ガナリ立てる。


「確かに、そう書いてアルんだって」

ココで嘘をついても、オレらに何の得もない。

指示書に書いてあったのも、一言だけだ。

何が何だか良く分からないが、オレら最下級のゴブリン兵が考えたところで、理由なんか分からない。そもそも、ナンでこんな街を攻める必要があるのか、分からンし。

「喰っチマエば、いいジャンかよ」

弟のヤツが、そう呟いた。

弟のヤツは、ただ、腹が減っていたダケなんだと思う。オレらは皆、昨夜から何も喰ってナイ。それに確かコイツはまだ、ニンゲンを喰う機会にありついた事もない。

「・・・そうだな」

ボスがザラついた声を、絞り出した。

「お、オイ!」

一瞬のコトで、オレは止める事も出来なかった。

オンナの肩に手を伸ばしたボスと、オンナの脛に齧りつこうとした弟が、仲良くその頸を刎ね飛ばされた。


「良いかしら、子豚さん。 今日からは、躾の出来てない子豚は、要らないの。 分かったかしら?」

鈴が鳴る様な、澄んだ声だった。

アア、ニンゲンのオンナってのは、こんな声で話すのかと、驚いた。

ヨクヨク考えてみると、普通ニンゲンは魔族の言葉を話せない。

だが兎に角、今は頷くしかない。

「そう、良い子ね。良い子は、好きよ? まずは、・・・そうね。逃げるわたしを、その城門の所まで、追い掛けてくれるかしら? もうちょっとで捕まえそうで、でも僅かに足らず捕まえられない、そんな感じで。棍棒を振り回して、出来るだけ派手に、大声で叫びながら、ね? 簡単でしょう?」

無表情な癖に、その声はまるで、愉しくてしょうがない子供の様に無邪気だった。


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