第87章
不定期です。。。
87.
時折、もし、あの時に違った選択をしていたら、如何なっていただろう、そんな風に考える事もある。
ひょっとしたら、今よりはマトモな生を、歩む事が出来たのではないか?
心の奥底から沸き上がる陰惨な渇望に、あるいは、まるで研ぎ澄まされた無数の刃に貫かれる様な焦燥に、苛まれ続ける事も無かったのではないかしら?
後悔は、ない。多分。きっと。
それでも。
この身を焼き尽くす焦げ付いたこの想いは、わたしを罰し続ける、報い炎なのだろう。
「さあ、跪け」
普段はそれなりに耳に心地よいバリトンだと思わなくもないが、今は愉悦というよりは焦りを含んでひび割れている。
今更何を、焦る必要があるのだろう?
わたしは、逃げる事も出来ないのに。
この男も所詮は欲望に身を委ねるだけの、下卑たオトコに過ぎないのかもしれない。
このまま出させた方が、わたしとしては多少は楽なのだが、どちらにせよ、そんなに簡単に終わらせてくれる訳でもない。
部屋の壁で燭台の焔が揺れ、暗い室内の中に散りばめられた、黄金で出来た調度品の数々が、妖しい煌めきを放った。この部屋の主人は自室に魔導具を持ち込む事を許さず、それ故に魔力に依る光源もない。暗殺者を怖れる主は、僅かでも魔力を放ち、気配を分かり辛くする魔導具を側に置く事を、悉く嫌っていた。
「いいぞ。次は、跨ってみろ」
男はわたしの肩を押して下がらせると、自ら寝台の上に横たわった。
横着な奴だ。
体格に差があって、とか。
(潰されるのは、嫌だ)
こちらがノリノリで、こちらから押し倒したりとか。
(偶には、そういうコトがあっても良い)
そういうシチュエーションなら、まだしも。
この男相手にそれは、ありえない。
だが、流石に、そろそろきつい。
自分から晒さなければならない羞恥心が、わたしの身体を火照らせる。
「自分から、腰を振ってみろ」
女の身体は多少時間を掛ければ、感じていなくても、それなりに濡れてくる。自分の身体を守る為の、本能みたいなものだ。多分、この世界に来て女になって、それを理解した。だけれど、それ以上にサキュバスとなった身体は、必要以上に感じやすくて、男に深く貫かれる毎に、さらなる高みへと上り詰めていく。
「いいぞ、いいぞアルティフィナ! ブチまけてやる、しっかり孕めよ!」
それは、ない。
当然、避妊の魔法の術式位は、掛けてある。サキュバスを侮って貰っては、困る。
ただ、・・・サキュバスの癖に深くいかされるのが、甚だ納得いかない。
「声を出さずにイクとは、なかなか、奥ゆかしいじゃないか。気に入ったぞ、アルティフィナ。いいな、いいぞ!その表情、無表情な癖に、そんなに腰を振って!そうだ、『服従』こそが、お前には、お似合いだ! そうだろう!? 」
そう、『服従』こそが、わたしの姿。
今のわたしの、・・・全て。
この男に教え込まれた、わたしの本質。
「さぁ、朝まで可愛がってやろう、寝られると思うなよ!」
そう。
でも。
寝られない。
貴方も、・・・ね。
貴方は二度とは、眠れない。否、その逆、かしら?
頸を落とされた魔王の遺体が見つかったのは、翌日の夜になってからの事だった。
昨夜、妾と床に入ったまま、一日経っても食事も摂る事もなく部屋から出てこない事を不審に思い、不興覚悟で側仕えの者が部屋を検めた。
魔王だった男の蒼い肌は干からびて、一緒にいた筈のアルティフィナと言う名の下級魔族、サキュバスの姿が消えていた。




