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第86章

1年半ぶりですね。それ位ぶりに無性に書きたくなったのですね。別に躁鬱ではないのですけどね。取り敢えず、消されずに残っていた(消された人って、いないの?)事に感動してます。

轟々と烈しく音を立てて、街が燃えている。

家々の窓からは、炎がまるで赤い舌の様に噴き出していた。壁や柱は、猛り狂う火柱の様だ。空を覆う分厚い雲を焦がすかの様に、燻んだ黒煙が幾本も立ち上がっていた。

特に街の北側は火勢が強く、城へと続く大通りの真ん中を歩いてさへ、道の両脇に連なる家々の燃え盛る炎が、耐えられない熱気となって襲ってくる。チリチリと頰が焼ける。この辺りが特に焼けているのは、最初に城門が破られたのが街の北門で、最初に火が放たれたのも街の北側だったからだ。

突撃を繰り返す人間の騎士団と、まるで土石流の様に絶える事なく押し寄せる魔族達、悪鬼の如き無数のゴブリンや、力任せに斃れた騎士の屍体を踏み抜き雄叫びをあげるオーク達が幾度となく激突し、かつて華やかだった街は焼け落ちて、街が興る前の唯の更地へと還つつあった。


「オイ、あんな所にニンゲンが歩いてるぜ!?」

隊列を離れたゴブリンの一体が、隣で騎士の屍体から鎧を剥ぎ取ろうと苦戦している仲間の肩を揺さぶった。

「煩いな、殺したければオマエが行ってこいよ。オレは今、忙しいンだからよ」

ニンゲンの鎧は彼らゴブリンが纏うには大き過ぎたが、持って帰れば何か旨い食い物に替えられるかもしれない。その為に偵察と称して隊列を離れ、こうして略奪という副業に勤しんでいる。命令に従っているだけでは、彼ら下級のゴブリン兵まで、良いモノが回ってくる筈もない。

「そうかよ!折角、教えてやったのに!あのニンゲンのオンナは、オレのモノだからな!後から、オレのモンに手ェ出そうなんて、考えンなよ!?」

血走った目をギョロつかせ、かつて大通りだった道を駆け出した同僚の走る先へと視線を投げると、確かに黒い衣服に身を包んだオンナが一人、こちらに向かって歩いて来る。遠目にも美しく、犯しがいのありそうな若いオンナだった。

ただ、ちょっと痩せぎすだ。多分、食いでがないが、硬くて不味くても良ければ、足元の男の肉がある。量は無さそうだが、やはり柔らかな肉は良い。

ただ、その美しい顔は病的なまで白かった。熱風に煽られて揺れる腰まで伸びた髪は、その纏う黒衣よりも更に漆黒で、何か禍々しさが滲み出ている様な、そんな気がした。昔から物覚えは良くないが、それでも何か記憶の片隅に嫌な、汚泥の様な不安が浮かんだ。数多い兄弟の中でも一番年上だったアニキが確か、久々に酌み交わした酒に酔って口にした、黒い服を着た女の話。

「ば、バカ、そのオンナはっ・・・!」

思わず止めようとした叫びは、高々と跳ね飛ばされた同僚の首の、驚きに見開かれた目と合って、最後まで叫ぶ事なく飲み込まれた。

手にしたニンゲンの騎士の兜を放り出し、額を焼け焦げた地面に擦り付ける。

「・・・わたしに、何か用?」

鈴の鳴る様な声が、頭の上から降ってくる。

今、殺された同僚の側で、長剣を振り上げていたのを見た。確かに、何歩も走った先だった。それなのに、何で、何でこのオンナは、今、目の前でオレに剣を突き付けてイル!?

「ナ、何でもアリマセン!オレはただ、このニンゲンを殺していたトコロでして。そ、そっちのアイツとは関係ないンです!本当です、ま、魔王様に誓って、関係ないンです!」

背筋から脂汗がジワリと溢れ、首筋から地面に擦り付けている、禿げ上がった頭へと流れた。答えを間違えば、今、殺される。それだけは、分かった。

「・・・魔王様に誓って?」

長い裾の奥に、自分を見下ろすオンナの細い足首が見えた。履いている踵の低い皮靴も艶のない黒、足首を覆うのも黒い色のサラシ。それ以上視線を上げる気にはならないが、もし死ぬ覚悟で顔を上げれば黒い下着が見えるだろうと、そんな事が頭に浮かんだ。

「は、ハイ!魔王様に誓って!」

やっとの思いで自分が絞り出した答えに、くすリと黒衣のオンナが笑った様な、そんな気配がした。

「・・・そう。じゃあ、良いわ。行きなさい・・・」

如何にか震える腕に力を込めて顔を上げると、いつの間にか黒衣の女は消えていた。遠くに転がる、先程まで仲間だった奴の恨めしそうな首だけが、今の出来事が夢ではなかったのだと、そう教えてくれていた。


この日、人間の国では最も南にあった王国が一つ、魔族の手によって滅ぼされた。

多くの人間が死に、それに倍する魔族が死んだ。

そしてこの地には、双方の流した血によって、暫しの武力均衡と言う名の平和が訪れた。

それは何れ破られる事が明確な、そんな儚い平和ではあったが、それでも戦いのない日々の始まりではあった。







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