第78章
78.
『待つのが祭り』と言うが(って、言うか、あの事件を『祭り』とか言ったら、わたしが恨まれそうなので、口に出したりはしないケド)終わってみればシャーロット嬢誘拐事件、あるいはアイリーン第四皇女暗殺未遂事件は呆気ない幕切れとなった。
件の事件の首謀者は、アイリーンの実の兄であるフランシス皇子、聖ルトビア王国の第二皇子にして、継承権もアイリーンより遥かに上の第三位。(因みにアイリーンの継承権は、ずっと下位の二桁だった)
何故、そんな目上の者がわざわざアイリーンを害そうとしたかと言うと、これがまた微妙で、やはりと言うか何と言うか、男絡みだった。
端的に言うと、アイリーンの花婿候補三人目と言うのが、フランシス皇子の恋人だった訳だ。花婿候補その一、その二と立て続けにハズレくじ(因みにうち一人はステラさんなので、けしてハズレではない。あの胸とか、けして。多分・・・)を引き当てた訳だが、流石アイリーン嬢、三人目は女に興味のない(あるいは男にしか興味のない)男だった。
・・・うん、キミ、正しいよ、きっと。
多分わたしには、少なくともキミを非難する権利は、これっぽっちもないわね。
「あぁ、やはり私、このまま『仕事に生きる女』で良いのかもしれませんわ・・・」
右腕にしがみ付いたアイリーン嬢が、そんな事を囁いた。
哀しそうなセリフだが、声色はどう見ても聞いても悲嘆の欠片も感じられない。
だいたい、仕事は関係ないから。
だが、どちらにせよ不味い、色々と。
リングハート近郊の別宅で近衛騎士団に捕られられたフランシス皇子は、今回の事件の責任を問われルトビアの継承権を剥奪された上で、ランス王国内のリングハートとは、また別の地方都市への遊学が決まった。当然の事ながら、王家のスキャンダルの真の理由は伏せられ、皇子の療養の為という理由が世に流布されている。その際に父王の温情で一つだけ最後に願いを聞き入れる事となり、皇子が望んだのは当然というか何というか、恋人であるアイリーンの花婿候補の同行だった。
勿論、その願いは聞き届けられ、結果的にだが皇子の『王冠を賭けた恋』は実った訳だ。めでたしめでたし。
で、めでたくないのは残されたアイリーン嬢と、アイリーン嬢に抱きつかれた、わたし。
うん、何か詰んでる気が。
「それにしても、良かったのですか、シャーロットさん? シャーロットさんが望めば、もう一度、副団長の地位に戻れたのでは?」
向かいに座るステラが問うのは、シャーロットが自分の後任が決まった近衛騎士団副団長の地位への復帰を望まなかった事だった。
因みに、皆が何処で向かい合っているかと言うと、フランシス皇子が捕らえられたという別宅に引き込まれた温泉だったりする。
いやぁー、温泉は良いよね?
それに、おっぱいって、浮くんですねステラさん!?
あれ位大きくないと、浮かないのかな?
思わず、自分と見比べてしまう。
如何なのかしら?
それはそれとして、流石、自国ではないとはいえ王族の別宅。それ程広い邸宅ではないが、温泉付きだった。皇子は踏み込んだ近衛騎士団から逃げ回り、最後はこの温泉の湯船で足を滑らせ溺れかけたところを、ずぶ濡れで捕らえられたのだそうだ。
その報告を聞いたアイリーン嬢の号令の元、皆で事件(の終焉)の現場を視察に来たという次第だった。
「そうですね。当然騎士団へは復帰を望みましたが、私はアイリーン様をお守りするのが仕事。今回は、それを果たす事が出来ませんでした。そればかりか、進んでアイリーン様の部屋の鍵を渡してしまった。これで何の罰も受けないとすれば、私自身の気が済みません」
ステラの隣に座るシャーロットが、そんな事を答えた。
シャーロットにしては長いセリフは、多分、ステラだけに向けられたものではないのだろう。
シャーロットを襲ったのは、このランス王国に流れ着いた北方の傭兵団だったらしい。結局、金で雇われた彼らは、形勢の不利を知ると雇い主である皇子を見捨てて逃亡した。騎士団が追っているものの、元より国家には帰属しない彼ら、ルトビアとは友好関係にあるランス王国の国境を越えてしまえば、騎士団はたちまち立ち往生だろう。帝国だって、国内に辺境の駐屯地(帝国から見れば、ルトビアの地位はそんなところだろう)から無断で中央に軍隊が進軍すれば、反乱と考えてもおかしくはない。
「お姉さんは、妖狐の私が魔法で誘惑したと思っているみたいだけど。正直に言うとね、お姉さんは結局、口を割らなかった。ボクはお姉さんの持ち物を探って部屋の鍵を二つ見付けたけど、一方には使い込まれた傷がたくさんあって、もう一方にはそれが無かった。だから、きっと余り使われていない鍵が、アイリーン皇女の部屋の予備の合鍵と推測しただけだよ。部屋の番号は鍵に刻まれていたから、直ぐに分かったしね」
アイリーン嬢とは反対側、わたしの左腕を抱き抱えて密着する、もふもふ娘がそんな事を言った。
もふもふ娘は妖狐である、名前はまだない、とかいう事はなくて。
ちゃんと、ミーシャという名前があるそうだ。
(因みに名前を知ったのは、後になってからだった。何の後って、色々と。ほら、愛に言葉は要らない、って言うじゃない?)
で、ここで問題がもう一つ。
何故か、このボクっ子のミーシャが、居着いてしまった。
わたしの左腕に頭を擦り付ける(ついでにその狐耳も)と、何故かもふもふ娘の、もふもふたる所以の狐尻尾の方も、お湯の中で、ぴしゃぴしゃとわたしの太腿を叩いてくる。
うん、まぁ、わたしの存在を識る同族を野放しにする訳にもいかない、かな?
はぁ、何かわたし、また、負けたのかしら?
少なくとも、ちっとも勝った気がしないのよね・・・。
「そう、ですか。少しだけ、自分を許す事が出来そうです。ありがとう・・・」
シャーロットは皆に告げると、湯船から立ち上がった。
『昼間っから皆が一度に入浴しては、もし、お客様がみえでもしたら、困ります。わ、私はもう、アルティフィナさんとは、ご一緒した事があるので・・・』何故か頬を赤らめて、そう言って皆の後でと断ったジェニフィー嬢と交代するつもりなのだろう。
身体中に増えた傷を魔法で消すことを、何故かシャーロットはやんわりと断った。
だが、きっと少しは、その傷も癒えたのかもしれない。




