表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/91

第77章

77.

捕まえた妖狐から、あれやこれやと情報を聞き出したアルティフィナだったが、シャーロットの現在の居場所は妖狐も知らされていなかった。妖狐の方が、単に信頼されていなかっただけ、かもしれない。

アイリーンの襲撃を予想してみせたアルティフィナだが、送り込まれた刺客がシャーロットの居場所を知らないという状況は、想定外だった。

そうとなれば、取れる手は一つだけ、捕虜交換だろう。

捕虜の交換は、少なくともその捕虜が生きている事が最低条件だが、もう一つ、敵対する勢力の双方が、ある程度は表向きの体裁を整えた組織である事が必要だった。戦闘員であれスパイであれ、あるいはその勢力に属する民間人であれ、一方の組織がコンタクトも取れない様では交換は成り立ちようがない。

シャーロットを襲った奴らが公式な組織であるはずはないのだが、少なくともそいつ等を雇った奴の名は、妖狐から聞き出す事が出来た。


「本当に、来るのかしら?」

アイリーンは吹き荒ぶ風に両眼を細め、訝しげに腕を組んだ。

厳しい表情もツインテールと伊達眼鏡で薄められ、当の本人以外には『何か違う』感が漂うが、ここで指摘するのは野暮というものだろう。

リングハートの北方、やがて街を貫き大海に注ぐ河の上流に架かる橋があった。収穫期には刈り取られた小麦の穂を満載した(幾ら奴隷の命は安いとはいえ、脱穀を無理して魔物に襲われる危険の大きい収穫地で行う事はなく、兎にも角にも早く城郭の中へと輸送される)馬車が次々と橋を渡るが、冬は閑散とした場所で馬車も滅多に通る事がない。そのグリーニケ橋と呼ばれる古びた橋の西側に、アイリーンとアルティフィナ、そして目隠しをされ、両腕を背中側に回して縛れた煙突掃除夫姿の三人が立つ。


「大丈夫だと思いますよ? 直接、首謀者の名を証言出来るのは、この娘だけです。この娘が証言しなければ、アイリーンさんが幾ら騒ぎ立てたところで、相手からすれば何の証拠もありません」

それはそう、だろうけど。

アイリーンは、横に立つ掃除夫を見る。

いつの世も王族・・の争い事は、血を見ずには済ませられない。

まぁ、どの道、その首謀者自身がここに来る事はあり得ない。アイリーンは、その者が暗愚で、それ故に疑り深く臆病である事を知っていた。だが、自身が立ち会わないで済むとなれば、人質の交換或いはそのタイミングを利用して証拠もろとも消し去り、寧ろこの者を雇って為さんとした目的を果たす事を命令するだろう。

そう、たとえば、ルトビア第四皇女の暗殺とか。

自分の手によらず単に命令するだけならば、どんなに暗愚な者であっても、簡単な事だ。


「連れてきたぞ。サッサと、そいつをこちらに渡せ!」

東に続く道に複数の馬車が現れ、橋の対岸に近づき、声が掛けられた。

先頭の馬車から、やはり目隠しをされ腕を縛られた者が引きずり出される。周囲を固める男たちは二人だけだが、残りの馬車が空で着た訳はないだろう。

だが、今は問題はそこではない。

対岸までの距離はけして近いとは言えないが、あれは、あのほっそりとした体格はシャーロットに間違いない。纏う衣服は血まみれだが、ちゃんと自分で歩けている。ジェニフィーの言った通り、その両腕も健在の様だった。

良かった・・・。

アルティフィナが掃除夫の目隠しを外し背中を押すと、アイリーンが要求に認めた通り、お互いが捉えた捕虜の交換が始まった。


「さぁ、私と一緒に走って!」

捕虜の二人がゆっくりとした足取りで橋の中央に向かい、すれ違う瞬間、待っていたかの様に対岸の馬車の中から、ばらばらと十人以上の男たちが駆け下りた。

掃除夫姿の妖狐が縛られていた筈の両手を振り払い、シャーロットを抱き抱えるとアイリーンたちの待つ西側へと走り出す。


「う、裏切ったのか!? 追えっ!」

裏切った?

アイリーンは、無表情に前方の騒ぎを見つめる。

先に手の者を馬車から下ろしたのだから、相手もこの交換をまともに終わらせようなどとは思っていなかった事は確かだ。

それに、疑り深いのは私も同じ。

何せ、同じ父をとするのだから。

対岸の男たちは一気に橋へとなだれ込まんとするが、橋の下から現れた自分たち倍する数の近衛騎士団の姿を見ると、慌てて引き返した。

隠れ易い様に日頃の鎧は置いてきたが、目立たぬ様に黒い布地を巻いた使い慣れた手甲と剣を携えている。敵の者たちは、そのまま橋の中央に突進していれば橋の両端で退路を絶たれていただろうから、その判断は間違ってはいない。


「戻りなさい、深追いは無用よ!」

アイリーンが、凛とした声を張り上げた。

対岸の馬車が逃げるが、こちらの馬はアイリーンたちが載ってきた馬車だけだ。近衛騎士たちは目立たぬよう、日の出前から徒歩で橋の下に来て潜ませていたので、彼らの乗馬は手元にはいない。

だが、奴らが逃げ帰る場所は、分かっている。

アルティフィナが妖狐を尋問?している間に、ジェニフィーが街に入り込んだ傭兵たちの寝ぐらを突き止めていた。ただ、明確な理由なくルトビアの騎士団が攻め込み、シャーロットの救出作戦を展開するには、最も不適当な場所だっただけだ。寝ぐらは、このリングハートにある、ルトビア王家の別宅だった。そして、アルティフィナが妖狐から聞き出した雇い主は・・・。

「さぁ、言い逃れは出来ないわよ? フランシス兄様?」

アイリーンは無事に戻ったシャーロットを抱き締めながら、僅かにその小さな口角を釣り上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ