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第68章

68.

魔族は普通、手紙を書いたりはしない。

指示書などという物も、ない。

自分の考えを誰かと共有するという事がそもそもないし、貰った方だって紙に書かれた命令など、聞くに値しないと考えている。

他人を自分の意に添わせるには、それを為せる地位にある者は固有の『使い魔』を使うのが常だった。ある意味アナログな仕組みだが、それで魔族の社会は成り立っていた。

それでも時として、手紙という魔族にとっては面倒で、非論理的で、嗜好からも外れた手段を用いる者もいる。その記す文字に魔力を載せる事を得意とする魔法陣の専門家と、意図せずとも溢れ出す程の魔力が紙に染み込み、署名せずとも読むものを恐れさせ、直接の指示と同等の威圧を与えることを自覚している者達だ。

前者はそれなりの数がいるが、後者の数は人間に比べれば元々けして多くはない魔族の中でも、特に少ない。

片手で数えられる位、だった。


「それでは、倉庫に侵入してきた魔族を倒したけれど、荷箱には特に何も入っていなかったと。そういう事なんですね?」

にこやかに昨夜の顛末を報告をしてくれたアルティフィナを前に、デヴラ商会の新任の会長となったアイリーンは、その小柄な身体の前で腕を組んだ。

昨夜の舞踏会はアイリーン自身が主催したもので、このランス王国の港町、リングハートの地元の名士たちを集め盛大に開かれた。別にアイリーンは着飾る事も、あるいは華やかな舞踏会自体も、それ程好きな訳でもなかったが、それでもそれらは生まれついた王族の嗜みではある。必要とあれば自分がホスト役になって、それなりに高貴な客たちをもてなす事も、それにかこつけてデヴラ商会立て直しへの協力を取り付ける事も吝かではない。特にこのリングハートは外地で、いかに自由主義的な風潮の強い港町とはいえ、ルトビア王族の一人として外交上の不手際があってはならない。

そうでなければ、昨夜は自分自身で倉庫に出向いていたのだが。


「はい。侵入者は魔族ではありましたが下級の兵が一人だけで、グレンがさっさと倒してくれました。あ、別にたいした事はないのですけど、その時にグレンは傷を負って、もう治療したので何の問題もないんですけど、今日は大事をとって部屋で休んでいます。今日は商会の厨房を手伝えず、申し訳ありません」

アルティフィナが頭を下げると、美しい黒髪がファサり、と舞った。

まぁ、グレンが負傷したのは嘘ではない。

既に治療済みで、たいした怪我だった訳でないのも本当。

諸般の事情により休んでいるのも、もちろん嘘ではない。

遅い夜食(あるいは、早めの朝食)の後の朝までコース(実際にはスタート時点で既に夜は明けていた、けど)が祟ったとか、明かせない理由があるにせよ。

ほぼ々々、真実。

そして、全ては不可抗力。

なので、問題ない、多分。


「そう、ですか・・・。では、アルネリーゼ先輩が何をしようとしていたのか、魔族がそれに如何関わっていたのか、これで追求の手段が途切れてしまいましたね」

今朝のアルティフィナさんは、最近の何か思い詰めた感じが無くなって、一言で言うなら何か晴々とした印象がある。それはそれで良いことだけれど。

自分自身にも魔族の血が混じっているので何となく分かるのだが、魔族は基本的に秘密主義だ。自分と同じ血筋の、王家の人間も皆そうだ。王族であるという特殊な環境を差し引いても、家族の間でも『真意の共有』はあり得ず、自他に明確な一線を引いている。たとえどんなに親密でも、魔族が真意を明かす事など、あり得ない。

分かってはいる、のだが。

それがアイリーンには、少し悲しい。

「でも、何も入ってなかったのに、下級とはいえ密偵を送り込むなんて、魔族も何か動きが矛盾していますね?」

だから、無駄と分かっていても、聞いてみる。


「そうですね。ですが、今はこれ以上考えても、答えは出ません。まずはアイリーンさんは、予定通り商会の立て直しをはかって頂くのが宜しいかと。わたしもグレン共々、当面はこのリングハートの地でアイリーンさんのお手伝いをさせて頂きますので」

アルティフィナは浮かべた微笑みを崩さず、畳み掛ける。

外見はロリでも流石、第四皇女、中々に鋭い。

荷箱は魔族に燃やされてしまった、とか別の言い訳も考えてみたけれど。如何取り繕っっても、多少の矛盾は生じる。それを自分がアイリーン嬢のそばに留まる事を担保に追求を躱すなど、人として如何かとも思うけれど。

わたし、サキュバスだし。

まぁ、いいか、みたいな。

・・・我ながら、かなりいい加減ではある。

「それでは、今日はグレンに代わって、わたしが皆さんのお昼を任させて頂きましょう! アイリーンさんは、珈琲店のスパゲティは好きでしたよね? このリングハートは港町ですから、新鮮な魚介類が手に入るんですよ。如何でしょうか?」

一瞬、アイリーン嬢が真正面から、じっ、と見入ってきて怯みそうになったが、もちろんサキュバスはその程度の事では、負けたりしません。

非の打ち所のない微笑み返しで、対抗する。

暫しの沈黙の後についに、アイリーンもクスり、と唇に微笑みを浮かべた。

今暫くはお互いに、この平穏な日常を楽しまないとね!


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