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第61章

61.

めっきりと、涼しくなった。

暑さ寒さを余り気にしないアルティフィナの、日頃から丈の長い服の好みを、季節の歩みに連れ、いつの間にか市井を行き交う人々の服装が追い越した、そんな感じだった。

色合いにしても周囲の黒や焦げ茶度が増え、これでは自他の区別もつかないなどと、日頃から黒色を好むアルティフィナは、つまらぬ事を考えたりもしている。

建屋の三階の窓から見下ろす町並みが、曇り空の下に広がっていた。

そもそもランス王国の港町、このリングハートは遠い南方航路の風物に溢れ、南国情緒豊かな街並みというのが触れ込みだったはずだ。それなのに街は港町なのは良いとしても、何処となく真冬の熱海辺りの海岸を彷彿させる、ちょっと寂れた物悲しさを漂わせている。ルトビアからは西に向かっただけで南下した訳でもなし、よもや南国の楽園に行き着けるとなどとは期待してはいなかったが、温泉がない分で熱海に負けてると言うのでは、ちょっと悲しい。

しかも。

一時的とはいえ、自分がルトビアに残した大通りの珈琲店は、店を閉めざる得なかった。どちらかと言うと、アルティフィナの憂鬱な気分は、こちらに起因していた。

「そりゃね、あんな小さな珈琲店、ルトビアから一つ二つなくなったって、誰も困らないけどね」

アルティフィナの多分に自虐を含んだ呟きは、窓に嵌めこまれた硬質なガラス窓に弾かれ、誰に聞かれるともなく狭い部屋の中で霧散した。

残る小さなため息だけが、僅かにガラスを曇らせる。止まらない溜息は、残念ながら恋でもなんでもない、単なる仕事と現実の不一致だろう。

メイド姿のデヴラ商会会長秘書の一日は、こうして静かに幕を開けた。


「 アルティフィナさん、如何かしました? 最近、アルティフィナさんは元気がない気がしますわ」

寒空とはいえ既に日は高く、何かを待つ訳でもないが、今日は何度となく窓際へと足を運んだ。そんな、腰高の窓から家々の屋根を見下ろすアルティフィナの背中に、アイリーンの何処か凛とした声が届いた。

さ、流石第四皇女、恐るべし。

ベッド以外では基本的に無関心を押し通す、サキュバスの内心を見抜くとは、どんだけ。

考えたくもないが、それだけだだ漏れという事か。

窓枠についた両手を下ろして背後を振り向くと、心配そうなアイリーン嬢と目があった。


「大した事じゃ、ありません。今日の昼食は何かな、と」

アルティフィナが振り向くまでに考えておいた答えは、二人の間に僅かな、それでいて妙な間を作ることもなく、すらすらとアイリーンに返された。

咄嗟に口元に浮かべた微笑みは、勿論、誰からもその真意を見抜かれようもない。

何故なら、わたしはサキュバスだから。

サキュバスは、我儘。

サキュバスは、嘘つき。

何時だって無垢な誰かの心を奪い、誰かが注意深く隠した宝を盗み出し、そして無防備な誰かの背中に深々と短剣を突き立てる。

それが、お仕事。

今日も今だって、だいたいは合ってる。ちょっと、今の相手が、男じゃないってだけで。


「おう、昼飯だぜ。何か最近、アルティは元気がないからな。お前、カツサンドは好きだろ? これ食えば、元気になるさ! さぁ、食え。あぁ、俺はまだ厨房が片付いてないから、後で勝手に食うから、じゃあ、な!」

突然の階段を駆け上がる重い足音に続き、ドタドタとノックも無しに踏み込んできたグレンが、銀のお盆に山盛りに盛られたサンドイッチを部屋の机の上に放り出すと、そそくさと引き揚げていった。

それでいて、ちゃんとティーセットも添えてあるところが、妙に芸が細かい。

しまった、その品揃えに見入っていたら冷静なわたしも、ついついリアクションを忘れてしまった。

まぁ、いいわ。

帰ったら、その不作法はお仕置き。

多少は感謝、やることは一緒だけど。

それなりに長い付き合いだから、グレンに見抜かれるのは仕方ない、ノーカウント。

そうよ、不可抗力。けしてわたしがサキュバスとして劣っている訳ではない、多分。

驚きが少しだけ顔に出たらしいわたしを見て、アイリーン嬢がニヤリとしたのがムカつくけど。

カツサンド、と言うより豚もも、っぽい味の脂ののった、この地方特産の一見羊っぽいのの肉(ちょっと、ややこしい)をパン粉の衣で揚げるのは、かつて幼いグレンに作ってやった手料理だ。カツサンドって言うのは、わたしがそう教えたから。グレンの奴は妙な方向に才能があるのか今では、わたしより綺麗に揚げてくれる。

『さぁ、これを食べて元気を出しなさい。男の子が一度負けた位で、諦めて如何するのよ?』

確か、喧嘩で負けたグレンが妙にうざかったので、仕方なく作った気がする。


「済みませんが、私達もこちらで一緒にお昼を頂いて宜しいでしょうか?」

グレンが開けっ放しで放置した(今夜、お仕置き!)ドアから現れたのは、季節を問わない豊潤な実りが圧倒的な存在感を振り撒くステラさんを先頭に、いつも清楚なジェニフィー嬢と、凛々しい近衛騎士団副団長、シャーロット嬢だった。単独ではそれ程でもないというか、シャーロット嬢を筆頭にアイリーン嬢に比較すればはるかに口数の少ない三人ではあるが、年頃?の三人が集まれば十分に姦しい。

「最近、アルティフィナさんが元気がなさそうですし、今日は皆でアルティフィナさんを囲んでランチにしませんか?」

現役女子大生(休学中)の、にこやかなジェニフィー嬢の申し出に、ステラさんとシャーロット嬢も頷いている。

如何やら、ここにくる前に三人で共謀、もとい、申し合わせてあった様だ。

「・・・ちゃんと、作ってきた。自信作だ」

話題がアイリーン嬢を含まないので、シャーロット嬢が極小化されたコメントを発する。

そ、そうですか。

シャーロット嬢にはメイド中も給仕だけで調理はさせた事がなかったはずなのだが、まさかとは思うが、騎士様自ら手を下したとか?

で、出来るんですかね?

それにしても。

何かな、こう、やたら不本意だわ。

いろいろと、見透かされている様な。

サキュバスの自尊心を、徹底的に叩き壊してくれている様な。

ふっ、ま、まぁ、良いわ。

今日は、仕事はお休みよ!

アルティフィナは密かに目尻を拭って、皆の待つテーブルへと駆け寄った。


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