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第59章

59.

魔族の為さんとする事は他の種族からは勿論の事、同じ魔族の者から見ても奇怪で理解のし難い事が多い。何故、そんな事をしたいのか、それが出来るなどと考えたのか、出来たところで何が良いのか、他の者には理解し難い。

たとえばある者は『この世の全ての物に名前を付ける』事が、自分が世界を支配する事だと考えた。そして魔族や人間も含め、この世界で最大の『大辞典』を創り上げた。

実は辞典を作る動機となった本来の目的に関しても、あながち無謀と笑われる程愚かな行為とは言えず、『真名』を知る事が意思ある者をその意思に反して支配する、一つの手段である事を鑑みると『世界』を支配する第一歩であるかもしれない。

それは置いておいても、その業績を認められるべき事ではある。出来上がった辞典に関してはその目的は如何であれ、これまで、そういった書籍、知識の集大成は存在しなかったのだから。

『大辞典』はその膨大な分量にも関わらず多くの写本が作られ、その何冊かは人間の国に持ち込まれ、更に多くの写本の元となった。

ただ、当の本人は、これに満足が出来なかったらしい。

当たり前の事だが、完成までに多大な時間を要するうちに時は移ろい、中の記述は古くなっていく。この魔族は今度は完成した『大辞典』を取り残したまま変化する『現実』という物が許せなくなり、世界の変化を止めようとして今度は『時を止める』魔法を研究し始めた。

どれ程の時が過ぎたかは定かではないが、(決まった寿命を持たない魔族は、時間感覚がいい加減だ)ある日、この魔族にして『大辞典』の編纂者は机の脇で何かに手を伸ばし掛けたまま、凍り付いた様に時を止めたその姿を発見された。

その姿はまさしく時を止めたかの様だったが、誰かが誤ってその体に触れた途端に砂となって崩れ、その研究の成果共々永久に失われる事となったという。

魔族の間では、この様な話には事欠かない。

その破滅的に極端な所に至ろうとする傾向、あるいは衝動は、魔族の中でも上位になればなる程に強くなるとも言われる。そして研究の成果は、基本的に共有されない。

もし、記録し共有するという概念が魔族に有ったとするならば、他の種族が滅ぶどころか、この世界そのものが滅ぶ事になっていただろう。

それは王立ルトビア魔法学大学校の学生が変だ々々とは言っても、とてもおよぶレベルの物ではなかった。


「私は実は、この街から出た事が無かったのです、生まれてから一度も。ですから、アルティフィナさんのお店が私が歩いた最南端ですし、もっとも西なのは、この間の出城の跡です。アルティフィナさんに出会って、私の一番と二番目の到達点が出来ました」

アイリーン嬢言う通り、わたしの店は通りの南端にある。

まぁ、住めば都とは言うけれど、それにしてもルトビアは小さな街だ。

その小さな街からさえ出た事がなかった、そういう事になる。

わたしは先程こっそり、抜け出した大学寮のアイリーン嬢のベッドに戻った訳だったが、非常に残念な事にアイリーン嬢はしっかりと目を覚ますどころか、何のダメージも残さず復活していた。

ほろ酔いの朝帰りを、玄関で仁王立ちの鬼嫁に迎えられた気分。

あれだけいかせたのに、ちょっとサキュバスとして自信喪失しそう。

流石、魔族の血を引く王族の一員、侮れない。


「アイリーンさんは、お城の塔にでも閉じ込められていたのでしょうか?」

アルティフィナはテーブルの席に座るアイリーンの横顔をチラと見てから、ティーポットからカップに紅茶を注ぐ。

厨房で魔力で点火する小型のコンロを借り出し(勝手にだけど)、ダージリンの茶葉も分けて貰って(やっぱり、勝手にだけど)部屋で紅茶を入れる。

ついでに、ティーセットも借りた。

既に復活しているアイリーン嬢(寝ている間に置いてけぼりにされ、若干膨れ気味)を改めて、なだめすかす必要がある。

魔族の身は眠気を感じないし、窓に見立てた壁紙に描かれた月は、既に地平線に没しようとしている。

夜明け迄は、もう少し。

こんな時は、お茶が飲むのが良い。本当は珈琲が良いが、アイリーン嬢は珈琲は飲めないし、この寮にも置いてない。

はぁ、まぁ、人生は妥協の連続よね。


「いいえ、閉じ込められていた訳ではありません。ただ、私には母しかおらず、母は生涯城の外に出ようとしなかった、それだけです。敢えて言うなら、そんな境遇の母や私には、父王は興味を示さず殆ど会いに来てもくれなかった事が、恨めしいだけです」

そう言ってアイリーン嬢は、わたしの入れた紅茶のカップに口を付けた。優雅な所作だが、僅かにカップを持つ手が震えている。

アイリーン嬢もそうだが、この国の王はさらに濃く魔族の血を引いている。

あの王は、この国を守る事にのみ、多大な執着を持っている。別に国を大きくしたい訳ではないらしく、戦争が好きな訳でもなく、この国の民にとっては良き王であり野心に溺れる事もなく、英雄の呼称に相応しい男ではある。

ただ、家族にとっては、その偉大な王政は何の幸せにも結びつかないらしかったが。

そう、自分の息子を、捨て駒にする程に。

薄まっているとはいえ魔族の血が持つ、理解し難い程の執着心を持って、誰も信ずる事なく、ただ々々、この国を偏愛している。

そんな王だった。


「では、ランス王国への旅は、きっと素晴らしいものになりますね。馬車でも何日も掛かりますから、毎日々々、アイリーンさんの到達点を伸ばせる訳です。素晴らしい事でしょう?」

多少、誇張はあるにせよ、わたしは嘘は言っていない。

カップに落としていた視線を上げ、少し驚いた様にアイリーン嬢がわたしを見詰めてくる。如何やら、その透明度の高い湖の様な瞳には、今は父王への恨みを超える、少しの驚きと好奇心を宿している。

「さぁ、行きましょう、ランス王国へ!」

伸ばしたアルティフィナの指先に、アイリーンもまた自分の指を伸ばし絡めた。

上気した頬で、目を見張る。

夢を語るのもまた、サキュバスの仕事ではある。

偉い、偉いわ、アルティフィナ!

わたし、また仕事してる。本来は男に夢を見せるべきなのだけど、この際、細かい事は置いておいても問題ないわ!


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