第57章
57.
欲望を満たす事は、もちろん罪ではない。
ただ、自分が欲望を満たすならば、その対象である相手にも快楽を持って報いる必要がある。それは魔族の、というよりも寧ろ魔力を魔法という形で扱う者にとっての『常識』であり、全ては『等価交換』という原則に基づいている。
だから、サキュバスは与え、そして奪う。死神がその鎌で、誰かの命を刈り取る様に、ごく自然に。
それが、仕事であり、本質であるから。
「もう・・・。アイリーンさんは、今日は、やたら可愛い声で鳴くのね?」
アルティフィナがそう耳元で囁くと同時に、アイリーンは無意識に目いっぱい弓なりに反らせていた体を、がっくりとベッドの上に落とし横たえた。
空気が足りず、海中で溺れる魚。俯せに枕元のシーツを両手で掴み、しがみ付く。
普段は冷たい陰気な場所でしかない自分のベッドが、今日は何か別の物にも思えてくる。多分、自分という供物を捧げる祭壇。あるいは、魔族が為すという魔法医学の手術台。
肢体を覆う痙攣の様な疼きが、アルティフィナの声を覆い隠し、何か別の感覚に変えてしまうので、アイリーンには何を言われているのかが、ちっとも理解出来ない。
あるのは、暖かな南国の海を色鮮やかな小魚が泳ぐ、そんなイメージ。
行った事などないけれど、きっとそんな楽園。このルトビアの街から出た事もない自分が、本の文字の中だけで見出した場所。
快楽に身を委ね、さざめく様な愛撫もお互いに玉の様な汗を浮かべ、しっとりと張り付く肌の感触も、全ては自分の鱗の上を流れ去る海流となる。
「アイリーンさんは多分、破滅願望があるんですね・・・。残された三人目の花婿候補が、アイリーンさんを受け止めてくれる様な、優しい殿方だと良いのですが。その人の為に、アイリーンさんの処女は、とってありますからね? ふふ、大丈夫、それでもちゃんと、感じるでしょう?」
肌を重ねれば、どんな隠し事も流れ出す水を吸い取る布地の様に、アルティフィナに伝わってくる。アイリーン嬢の死の欲動は自己崩壊の産物なのか、それとも死の衝動故の、自己崩壊なのか。
まるで、孤独が死を誘う様に。
どちらにせよ、死と快楽が結びつく時、人は誰かを殺し、さもなくば自分を殺してしまう。
だから、快楽と死を、結びつけてはならない。
アイリーンの耳たぶを甘噛みしながら、そんな事を考える。
快楽と契り、絡め、その内に閉ざしてしまうべきは、生。
生は性であり、聖となる。
生こそが、誰しもが何れ、自分の死を持って購うべき、最高の享楽。
それが、サキュバスが与えられる、形のない、唯一の贈り物。
「まだ、その幼い肢体では、この快楽の奔流を如何して良いか、分からないでしょう? さぁ、もう一度、深くその体に刻み込んであげるわ・・・。だって、ランス王国に向かう馬車の中じゃ、出来ないでしょう? まぁ、出来なくもないけれど・・・、折角だから今日のうちに、ね?」
それに、清純派現役女子大生のジェニフィー嬢と、あの、ぱふぱふを隠す(ちっとも隠してないけど)ステラさんを帰してしまった痛手は、このアイリーン嬢にきっちり返して貰わないとね?
だから、それも含め、等価交換。
朝までは、まだ長い。
そう、これもお仕事(実は本業?)、わたしも愉しませて貰わないとね?




