第55章

５５．

結局、５箱あった金剛砂の木箱を全て準備室の床にひいた布の上にぶちまけはしたものの、得られた物は『既に何もない』という事実と『これで火災は防げた』という安堵のみだった。

木箱をアンネリーゼ嬢の部屋からこの準備室に移動させたジェニフィー嬢が、無用な犠牲とならずに済んだ事が、唯一の救いだろう。当然と言えば当然の結果ではあるが、木箱からは何の情報も得られなかった事は、ちょっとばかり、がっかりではある。

一緒に箱を動かしてくれたシャーロット嬢には朝飯前でも、わたしにとっては地味に重労働だし。全てここにはいない、グレンのせいだわ。関係ないけど。

それは、さて置き。

木箱のトラップは、万人を対象にした代物ではなかった。つまり、魔力を持つ者が手で木箱の中の、金剛砂を掻き混ぜる事で初めて起動する。この場合、魔力を持たぬ者と魔力を持つ者の違いは、意識せずその身体から漏れる魔力の有無と言う事になる。木箱の内側に掘られた変形（円や球でない、という観点で）の魔法陣が、この僅かな漏れ出した魔力を捉え増幅しつつ魔法回路を起動して発熱、魔法陣の表面に直接塗られた発火薬を発火させる。

この大学で魔力を持つ者つまり大学の関係者が、アンネリーゼ嬢の意図に反して木箱を開け中に詰まった金剛砂をかき回すという行為、箱の中に『何か』がないかを探す事で発動する。もとより木箱の送付先である、アンネリーゼ嬢の周囲の者を対象にしたトラップだという事だ。

発動すればおそらく、その炎は箱の中を探った者を焼き殺すと同時に、箱の中の『何か』を焼き尽くし、全ての証拠を消し去る事となっただろう。

「アンネリーゼ先輩は、何故こんな危険な仕掛けを作ったのでしょう？」

そう呟いたまま青ざめたジェニフィー嬢の肩を、右手に抱き、よしよし、と擦る（もちろん単に肩とか二の腕よ、胸じゃないし、今はまだ。問題ないわ！　更にアイリーン嬢の目付きが険しくなった気もしないではないけど、この際は気にしないわ！）

と言っても、ジェニフィー嬢の言う様には、つまり別にアンネリーゼ嬢が自分で箱を作ったという訳ではない。アンネリーゼ嬢は箱を受け取っただけで、問題は何処からこの箱が届いたのか、送り主の方だ。

そしてそれはおそらく、南方の魔族の地にまで辿り着くだろう。この箱に仕掛けられた変形魔法陣は、人間の手でも作る事は出来る。だが、アンネリーゼ嬢は皆には伏せてはいるが間違いなく魔族、それもかなり上級の貴族の出であったのは間違いない。毎月彼女に届け物を送っていたのも、同じ魔族の身と考えるのが自然だ。

「アンネリーゼさんが亡くなって、何日経ちましたっけ？」

悩むステラさんが、誰にとはなく、そう問いかける。

悩むついでに腕を組んで、その封印（つまり、シャツの下のサラシ）を解かれた兇悪な双丘をサイドから圧迫、強調している（水着グラビアの、アレですね！）

うん、悩みがあるなら、お姉さんが（見た目は明らかに、ステラさんの方が年上だけど）よしよし、しましょうか？　えっ！？　胸が苦しい？　そうよね、じゃあ、ちょっと横になってみて？　きっと、それだけ大きいと、横になっても潰れないわよね？

「いえ、木箱は帳簿によれば、色々な経由地を巡って、デヴラ商会の荷船に載せられたはずです。配送には、かなり日数が掛かっていたはず。毎月届いていたと言うならば、最後の箱はまだ、何処かの経由地に残っているのかも、って思いまして」

アルティフィナは妄想の末にジェニフィーを抱いた反対側、思わずステラの肩に伸ばし掛けた左の手を止めた。伸ばし掛けた左手が、ぱたり、と落ち、ついでにジェニフィーの腕を擦る右手も動きを止める。

そ、それだわ！

ナイスフォローよ、ステラさん！

伊達に、無駄な重量を保持してないわね！（その無駄が、良いのですけど！　そう、この世で意味があるのは、全て無駄な物なのよ？）

「デヴラ商会の荷船の中継地って、ランス王国の港町でしょうか？　確かデヴラ商会の整理で、大分混乱しているって聞きましたが・・・」

シャーロット嬢の情報は、多分城の中での噂話を聞いたものなのだろう。今は亡きデヴラ男爵とアイリーン嬢が引き継いだデヴラ商会関連の情報は、おのずと、このルトビア城に集まっている。

・・・しかし、ランス王国か。

仮にステラさんの仮説が当たっていたとしても、おいそれと行ける場所ではない。木箱に入っていた代物をこの目で確認したいのは、わたしとしても山々ではあるのだが。と、言うより他の者の手に亘るのは、ちょっとまずい。

「行くわよ皆！　ランス王国へ！」

両手を腰に薄い胸（失礼！）を張り、アイリーン嬢（今日は普通にピンクっぽい金髪を緩やかに下ろし、でもピンクの縁のメガネっ子、理由は分からないが何故か少し機嫌が悪いモード？）が、そう高らかに宣言した。

えっ！？

行くって、何それ？

ど、如何して、そうなるんでしたっけ？