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第52章

52.

かつてルトビアの地にあった地下迷宮の第一層を広げて作られた王立ルトビア魔法学大学校は、前世で言うところの単科大学に近しい。

魔族が為す魔法学自体は、もしそれを全て扱うとするならば、総合大学と呼んで差支えない分量と質を有していた。

しかしながら彼らの魔法学分類の大半が人間の魔力では扱えない代物であり、体系化された魔法学の中では、基礎的な『論理・幾何学』と、その唯一の実践的な応用である『紋章学』のみが人間に許された領域と言っても良かった。

『紋章学』で扱われる円形の魔法陣は、その起点から収束点(終点ではない)に向け、一連の魔法回路が形成されている。それは、起動言語に依る詠唱を模した物であると同時に、魔法陣の魔法回路そのものが一旦起動された回路内でのフィードバックにより、与えられた魔力以上の増幅効果を発現させる事を目的としている。

人間の乏しい魔力を入力として円環状の魔法陣でこれを反復増幅し、最大限の効果出力を発現する事。それが『紋章学』の研究目的であり、この王立ルトビア魔法学大学校の存在理由でもあった。


「えーと、アルティフィナさん? 私たちは如何してこんな、隠れながら移動しているのでしょうか?」

背後のジェニフィー嬢が、不思議そうに問う。

背後のジェニフィー嬢の道案内を聞きながらも、通路の曲がり角ごとにぴたりと体を壁に寄せて、前方の安全を確認してから慎重に進む。

よし、前方の通路は、クリア。

わたしたち以外に、人影はない。

えっ?

なんで、って、狩人の感が、わたしに囁くのよ! ゴーストが囁くのと、一緒よ一緒! 多分だけど。『お前は今、死地に足を踏み入れた』って。ぴりぴりと背中を這う寒気とも引き攣る様な感覚とも言える物は、何度もわたしの命を救って来た既視感。

危険だわ。

何か、物凄く。

・・・って、言うか、我ながら不審な行動ではある。ここは納得の行く、言い訳が必要かもしれない。


「えっ!? べ、別に、こそこそとしている訳じゃ、ないのよ? えっと、ほら、ここは元迷宮だった訳だし、そこいらの壁に隠し扉でもあったりするかも、しれないじゃない? だから、ね!? ちょっとづつ、前進よ! 見落としが、ない様に、ね!?」

僅かに視線を巡らし、きょとん、とわたしを見詰めるジェニフィー嬢にそう伝える。

伝わってないわね・・・。

清楚が売りのジェニフィー嬢が絡んだ視線に頬を赤らめてくれるのは可愛いけど、今はジェニフィーさん、そんな事を、考えている場合じゃないわよ?

まぁ、不審さが誤魔化せれば、当面は良いのだけど。

で。

そんな事って、どんな事かって、それは勿論・・・。妙な思考のループに入りかけた思考を振り払い、再び『紋章学』研究室の準備室を目指す。勿論ターゲットは、準備室に移動したという金剛砂の入った木箱だ。


「あ、アルティフィナさん、背後から足音が聞こえますけど・・・」

わたしの緊張が伝播したのか、ステラさんが声に緊張感を纏わせて囁いた。まずい、ジェニフィー嬢の説明では準備室までは、後もう少しなのに。勿論、背後からの足音が何等か、わたしにとって有意の物である可能性は低いのだが。

取りあえず、ジェニフィー嬢の手をとって(良いわね、現役女子大生のしなやかな指先!)次の曲がり角まで、小走りに走る。ステラさんも、わたしたちの後に続く。ジェニフィー嬢がわたしと繋いだ方とは反対の指で廊下の扉を指し示すと、ブラウスのポケットから金属の環に徹された古そうな鍵の束を取り出した。

少し震える手で束の鍵の一つを挿して回すと、カチン、と音がしてロックが外れる。


「お待ちしてましたわ! アルティフィナさんっ!」

扉が開くその瞬間、何か背筋のゾクゾクが高まった気はしたのだ、遅いけど。

部屋の中から飛び出してきたアイリーン嬢が、わたしの腕の中に飛び込んできた。

くっ、先程からの背筋のゾクゾクは、やはり、この娘だったかっ!

し、しまった、捕獲されてしまいました・・・。


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