第51章
お待たせしました、再開です!
51.
多分この世界に来て、価値観が変わったと思う。
でも、変わらない物もある。
勿論、アンネリーゼ嬢を殺してそれで全てが終わりだと、そう思っていた訳じゃ、ない。人をこの手で殺した時の、言い様のない、ざらついた感覚。直視するには耐えられぬ程の恐怖。全身を蝕む悦楽。あの、狂気と狂喜が合わさり、破壊が渦を巻く心象風景。
殺さなければ、殺される。
殺そうとしなければ、耐えられない。
でも殺せば、また殺さずには、いられない。
魔族の身となったが故の渇きなのか、それとも前世から続くわたしの本質なのか、今となっては何も分からない。
分ったところで、何も変わらない。
いずれこの世界で、無限の生を生きるこの命が尽きるまで。
それまで、これ以上は狂わないと良いけれど。
でも、もし、わたしの望まぬ、わたしになってしまった時は。
その時は、自分の愛する人に殺して欲しい。
多分、それが、わたしの最後の望み。
雨の大通りを北へと走る馬車の中、グレンの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら、そんな事を考える。
あぁ、この血塗られた手で、それでも、いつの日にか、わたしは・・・。
「さぁ、着いたみたいだぜ? なぁ、俺は寮の中に入れないにしても、やっぱり門の前で待っていようか?」
馬車が速度を落としギシギシと車軸を鳴らして、やがてゆっくりと揺れが止まった。
ふふ、心配性よね、そんなにデカい体のくせして、昔から変わらない。多分それが、グレンの本質だからだろう。グレンがそうであるならば、わたしの本質も変わってはいないのだろう。
どちらにせよ、グレンの問いに対する答えは、最初から決まっている。
「それは、余計なお世話というものよ、グレン。良いから先に帰っていなさい。明日の朝、帰るから」
だから、わたしは冷たく言い放つ。
まぁ、そうとしか言いようがない。
そう言いながらも、ぐしゃぐしゃを止めないのが、ちょっと様になっていないけれど。
辻馬者の御者に金を握らせ、朝まで馬車を借りて大学の門の前でグレンを待たせるという手もない事は、ないのだけど。デヴラ男爵の一件でわたしも、それ位のお金は手にいれてはいた。
だが、お金が勿体無いという以前に、そこまでする事もないだろう。
それに、門の外でグレンが待っていると思うと、わたしも愉しめない、いろいろと。
べ、別に浮気じゃないのよ? 相手は女の子だし。
「グレンさんは、アルティフィナさんが好きなんですね・・・。でも大丈夫だと思いますよ? 今日は迷宮に潜る訳でもないし、研究室にある荷物を見て貰うだけですし、心配する様な事は何も起こらないと思いますわ」
ジェニフィー嬢がやたら生暖かい視線で、そう説いてくれた。
そうそう、心配ないわ。その後でステラさんとジェニフィー嬢を、お風呂に誘っちゃうかもしれないけれど。
『あぁ、その胸で溺れたいの!』みたいな。
・・・我ながら何かかなり、オヤジっぽいかも。
し、仕方ないじゃない、それが多分、前世から続くわたしの本質という物なのよ!
だってほら、下の方のアイデンティティの拠り所は失って久しく、どう欲情しても出来る事は限られている訳で。そうよ、精神的な安定を保つ為の、何て言うか必要悪みたいな?
その胸で癒されたいって事で、許して貰おう。
「そう言えば、アイリーン様も大学の寮にいるのですよね?」
しれっ、とステラさんが尋ねたその一言で、ちょっと有頂天だったわたしは、一瞬にして現実に引き戻されてしまった。
そ、そうだ、忘れていた!
あの我儘娘の存在を、記憶から消し去っていたのだが、ステラさんの一言で現実へと引き戻されてしまった。
アイリーン嬢には何故か、わたしの『誘惑』が効かない。効いていないのに、いろいろと求めてくる困った娘なのだ。
わたしが愉しむどころか、何をしても楽しまれてしまう、恐ろしい娘だったりする。最近ようやく大学に追い返したのだが、これでは、まるでわたしが追って来たみたいじゃない?
さて、如何しようかしら?
・・・まずは、お仕事(真面目に調査)しよ。
お待たせしました、再開です!




