第50章
済みません、暫しお休み。
10月5日(月)再開予定です。
50.
ルトビアの街を南北に貫く大通りを駆ける馬車の歩みが、初めて王立ルトビア魔法学大学校を訪れた日の記憶を呼び覚ます。
あの日、大学のある地下迷宮で、今は亡き魔族のアルネリーゼ嬢に出会った。
本好きのメガネっ子で寂しげな微笑を浮かべたアルネリーゼ嬢は、同時に魔族らしい野心や闘争心をその胸の内に同居させた、ちょっと変わった娘で、彼女を殺した事をわたしが全く気にも留めていないかというと、少し思うところがない訳でもない。
お互い、たとえこの世界であっても普通の人間として生まれてきていれば、殺し合う事もなかった。
そんな気がしてならない。
だから本当は、こんな日は雨に打たれて歩くのも悪くない。雨は富める者にも貧しき者にも、等しく降り注ぐ。その心に燻る喜びも悲しみも、等しく洗い流してくれる。
とは言え、わたし一人であれば別に雨に濡れて歩いても良いのだが、これだけの大人数で大学まで移動するとなれば、辻馬車を雇う方が良いだろう。(前世のタクシーの料金と一緒で、一台の辻馬車を雇う事は乗るのが一人でも四人でも一緒だった)
ワイワイと馬車に乗る、その方がこんな日に自分の犯した罪に苛まれるのを防ぐ、あるいは罪から逃げ出す助けにもなる。
そんな訳で、今は皆で馬車に揺られている。
そして、この辻馬車はステラさんの家の馬車に比べれば大分格が落ちるものの、箱形の室内は雨露をしのぐには十分だ。
敢えて言うならば、狭い。
わたしの向かい、馬車の後席にはステラさんとジェニフィー嬢が。前席側にはわたしと並んでグレンがデカい体を縮こまらせている。
まぁ『もっとそっち寄ってよ!』とか『邪魔よ邪魔!』とか騒いでいる方が、わたしも変に落ち込まなくて済む。
感謝しているのよ?内心では。
言わないけどね。
「アルネリーゼ先輩は幾つもの研究室に出入りしていましたが、取り寄せた素材は自室に置いていました。と言うより、自室がそのまま個人の研究室みたいな感じです。・・・そういう人、結構、大学の先輩の中では多いんです。ただ、部屋はもう片付けてしまって、今は空き部屋になっています。アルネリーゼ先輩は身寄りがない方だったので、部屋にあった本は図書室に専用の棚を設けてそちらに移しましたし、金剛砂の入った箱も全て『紋章学』研究室の準備室の方に移動しました。先輩の部屋から持って行った木箱は、元からある箱とは種類が違ったので、見れば直ぐに分かるとは思います」
正面から見詰めるジェニフィー嬢は、幾分まだ頬を赤らめ、そんな説明をしてくれた。
先程、わたしのスイッチが入ってしまったのは、不可抗力だと思う、多分。そう言えばジェニフィー嬢とはAはまだだけど、大学寮の大浴場で実はBは経験済みだったりはする。
じゃあ、まぁ良いわよね?女の子だし、減るもんじゃないし?
「げっ! それって、また女子寮ってことか? 俺は入れない訳だ・・・」
グレンは女子寮の手前で、お留守番決定。
わたしの横でデカい体を縮こまらせているグレンが、更に落ち込んで小さくなってしまった。
ちょっと、可愛そうになってその頭をぐりぐりと撫でると、何故かそっぽを向かれた。
「人前で頭を撫でるのは、止めてくれって言ってるじゃないか・・・」
ぼそぼそと何か聞こえた気がしないでもないが、馬車の車輪の音が煩くて良く聞こえない、・・・事にして無視。別に寮に泊まる訳ではないし、今夜可愛がってあげるから、わたしが戻ってくるまで大人しく待っていなさい。
「デヴラ商会とアルネリーゼさんの間には、何か深い関係があったのかもしれません。ひょっとすると、魔力のないデヴラ男爵が如何やって魔物を捕らえたのか、分かるかもしれませんね」
うん、ステラさん鋭いっ!
でも、『好奇心は猫をも殺す』のよね?
わたしが真相を知る事は必要なのだけど、いざとなったら、その胸を揉んででも目を逸らさせる必要があるわね?
仕方ないわねー、不本意ながら、先に揉んどいた方が良いかしらね? まずは揉めって言うじゃない? えっ!? 誰も言ってない? いっその事、ステラさんと女子寮の大浴場の調査をしないといけないかもしれないわよね?
「やっぱりグレン、今夜は夜を徹して調査が必要になるかもしれないわ。悪いけど、大学でわたしたちを下ろしたら、先にお店に戻っててちょうだいね。ステラさんには、一緒に調査を手伝って貰っても良いかしら? ひょっとすると、今夜は帰れないかもしれないけれど? あ、グレン、お店の戸締りも忘れずにね!」
ははは、ごめんなさいグレン、今夜可愛がってあげる発言は前言撤回。まだ言ってなかったから良いわよね。
あー、何かグレンが落ち込んでる様な気もしないではないが、ぐりぐりとグレンの頭を撫でながらも内心の、わくわくが止まらないかも?
今夜は、お仕事よ!(もはや、完全に趣味です)
済みません、暫しお休み。
10月5日(月)再開予定です。




