第48章
48.
慌てて立ち上がったステラさんが振り返るのを手で制して、先にお客様の元に行かせる。女伯爵の爵位を持ち、第四皇女の私設秘書でもあるステラさんは、何故かこの店の中ではドアマンでもあったりするので、雨の日は傘やコートを受け取る用がある。テーブルの上に散らばるデヴラ商会の内偵資料は、グレンが抱え持って厨房へ。こういう時は、一度に抱えられる量が多くて便利。こういう時以外は不要。わたしも、そそくさとテーブルを整えてグレンの後を追う。
平静を取り戻しお客様を席に案内するステラさんと行き違いながら、目配せを・・・、えっ!?
お客様って、ジェニフィーさんだ!
なーんだ、とは言わないけれど、コートの下は相変わらず、清楚な白いワンピース姿のジェニフィー嬢でした。
良いわよね、現役女子大生。
あ、アイリーン嬢も、れっきとした現役女子大生ではあった。印象的に他に先に立つ物があるので、気にしていないだけで、ジェニフィー嬢もアイリーン嬢も同じ現役女子大生。
「お久しぶりです、アルティフィナさん。本当はもっと早く来たかったのですが、アルネリーゼ先輩が抜けた後、如何しても人手が足りなくて・・・」
ジェニフィー嬢が席に座りながら、そんな不沙汰を詫びる様な挨拶をしてくれた。
う、それは逆にこちらが、悪い事をしたかも?
と言うか、アルネリーゼ嬢が実はメガネっ子だった、じゃなくって、実は魔族だったという事実は、関わったアイリーン嬢以外の寮生たちには伏せてあった。
大学の名誉総長によってなされた『アルネリーゼ嬢は紋章学の研究が高じて迷宮に通じる扉を開けてしまい、スケルトンに惨殺された』という説明は、半ば嘘でもなく(半分近くは嘘だけど)生徒たちからも真実として受け入れられている。アルネリーゼ嬢は良き先輩として学友や後輩たちから惜しまれつつも、今や過去の人となりつつある。
ただ、同じ紋章学を学んでいたジェニフィー嬢たちは、研究に於けるアルネリーゼ嬢の欠けた穴を埋めるべく、以前にも増して多忙な毎日を送っているのだそうだ。
そりゃあ、享楽家である魔族が何故にか真面目に研究に従事していたとすれば、その探究のレベルはおそろしく高度であったはずだ。
彼女はデュラハンのおじ様もとい、ベルゼンクラークおじ様にその左腕を切り落とされるまでは、実際に二つの魔法陣の同時生成をやって見せた。それは他の魔族でも、到達し得てはいない領域だった。
「いえ、こちらこそ済みませんでした、ジェニフィーさん。お店の方が忙しかったのもあり、バタバタと寮を出て来てしまいました。皆さん、お変わりはありませんか?」
アルティフィナの返答に、うんうん、と頷くジェニフィーと、えっ?と顔を見合わせるグレンとステラだった。
そこっ!
余計な事は言わない、考えない!
本当はそれ程、忙しかった訳でもないけど。
お店は暇だったと、認めたくは無かったりもする。
察しなさいよ!
一応、忙しかったじゃない、本業じゃないけど。
ジェニフィーさんなら、と言っては失礼かもしれないが、許して貰える範囲だろう。折角なので注文取りもステラさんに任せて、早々にジェニフィー嬢の向かいの席を占領する。
ついでに、厨房から出てきたグレンの脛を蹴る。
意味は、・・・特にない。
「あ、ああ? そ、それで今日は、その魔法の研究がひと段落して、アルティフィナの顔を見に来たってところかい?」
いまいち何故蹴られたのかと首を傾げつつも、グレンがそう話を振った。グレンはお気楽な男で、考えて分からない事は考えない主義なのだそうだ。若干、育てた責任を感じなくはないが確かにそれは正解だ、少なくとも今蹴られた事に意味はないのだから。
ジェニフィー嬢は最初にこの店に相談に来て以来、グレンの事は一応は頼りになる、わたしの恋人と認識してくれているらしく、グレンの失礼な物言いにも和かに頷いてくれている。
だが、それで思い出した。
グレン、そう言えばあの時寮に持ち込んだネグリジェ、どうしたんだっけ? わたしの知らぬ間に如何やって購入し、普段何処に保管しているか、確認するのを忘れていたわ!
訂正よ!
さっき蹴ったのは『あのネグリジェは如何したの!?』って意味だからね!
後付けだけど。
「あ、あの。横から割り込んで恐縮なのですが、あなたは王立ルトビア魔法学大学校のジェニフィー・ラングドシャさんでしょうか?」
へっ?
執事姿のステラさんまで話に入って来たけど、如何やら何か理由があるらしい。それは良いけど、席に座るわたしとジェニフィー嬢の位置から見ると、やっぱりというか当然というか、テーブルの横に立つステラさんのは見上げる位置にある訳で・・・、デカいわぁ。
何を食べたら、そんなになるのかしらね?
ステラさん、幼少の頃から粗食だったと聞いたし、牛乳とかかな?
前世では社会的に近年増量傾向だった様だが、あれは乳牛や肉牛に与えられる成長ホルモン剤の影響だろうと思っていた。仮にそうだったとしても、この世界ではホルモン剤はなさそうだし、ステラさんの場合は天性のものなのかもしれない。
自分が大きくなっても多分、微妙にうれしくはない気もするが、周りの女の子が大きいのは、こう、なんていうか心を和ませる?ものがあるわよね!
「失礼しました、私はこの店で給仕をしてます、ステラと言います。実はアイリーン様の命でデヴラ商会の事を調べていて、ちょっと気になっていた事があったのです。ひょっとして、ジェニフィーさんなら、分かるのではないかと思いまして・・・」
今度は、わたしとジェニフィー嬢が、顔を見合わせる。
如何やら、真面目な相談があるらしい(それはそうでしょ!)
少なくとも『どうしたら、大きくなるでしょう?』とかじゃないと思う。
仕事・・・、かしらね?




