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第44章

44.

「デヴラ男爵、あなたがソレを『誰に売ったのか』を、教えて?」

アルティフィナは無表情に男爵を見詰めると、肩から下げた革のポシェットから、琥珀色の水晶の様な半透明の玉を取り出し、男爵の手元に放り投げた。

「タダで、とは言わないわ。その『宝玉』には、金貨一千枚の価値がある。あなたも商売人なら判るでしょう? あなたの情報を、わたしが買いましょう」

男爵の狂気は、まだ、上手く『誘惑』すれば望む方向に修正が効くかもしれない。

そう、たとえばその『宝玉』に対する、所有欲。

男爵の顔に、逡巡と欲望が交互に流れた。

そして、幾ばくかの自己顕示欲。

結局、最後に残されたのは、どちらにせよ欲望だったらしい。


「ふっ、いいだろう、教えてやるよ。俺からコイツを買ったのは『群青の魔王』さ。どうだ、驚いたか?」

男爵が胸を張る。

如何やら自分の価値を、『自分の顧客』の価値が決めると思っているらしい。

それを一概に間違いとは、言わないけれど。

アルティフィナの渡した琥珀色の水晶玉を改めて値踏みする様に自分の顔の前に透かし、かざしてから、しっかりと右手で握り締めた。その右の中指には、大きな暗緑色の指輪が嵌められている。

だが男爵自身とは違い、少なくともその顧客は、男爵には価値を見出してはいなかったらしい。


「そう。それで、ソイツをルトビアの地で解き放てと?」

男爵の最後の問いは無視して、再びアルティフィナが問う。

そのアルティフィナの声が平穏過ぎて、男爵はかなり不服だった。だが辛うじて、アルティフィナの横で驚愕の表情を浮かべるグレンの様を見て、如何にか内心の満足を保つ事が出来た。

そうだ、そうでなくてはならない。

俺を馬鹿にした貴族どもも、俺がコイツを従えてルトビアの街に現れたら、さぞかし驚くだろう。そうしたら、俺をさげずんだ奴らをコイツに食らわせても良い。いや、俺は寛大だから全財産を差し出すなら、命だけは助けてやっても良い。そうだ、街の全員に『生存税』を課してやろう。

何といっても俺は、大商人だ。

いくら金があっても、足りないんだ。


「北の王城の前でな。後は、コイツは自分でやるべき事をやるそうだ」

男爵が、歯を剥いて説明する。

そうよね、そうでしょう。

男爵は『引き金』に過ぎない。

やはり男爵を『誘惑』しても、意味がない。

さりげなくグレンの足を蹴って、後ろに下がらせる。

ここで、わたしの指示に従わない様なら、今夜は厳しくお仕置き。

もちろん、言う通りにしても、優しくお仕置き。

男爵からは見えぬ様、後ろ手の手話で指示を伝える。


「その指輪で、ソイツがあなたの言う事を聞くと、そう言われたのよね? だから、ソイツのそばから離れるなと。あなた、折角商売が成立したのに、『商品』が未だ自分の手元にある事が、変だとは思わなかったの? あなたが売って得た対価にはね、『あなた自身の値段』も含まれていたのよ。・・・可哀想に。ソイツを解き放った途端に、最初にあなたが殺されるわよ」

『欲望を持って解き放った、その時』にこそ、コイツは真の姿を表す。

ならば、今は解き放たせてはならない。

アルティフィナの漆黒の髪が、風も通らない船底にもかかわらず、ざわざわと揺れ出した。

高まる『魔力』の波動が、周囲のすべてを押しのけ、耐えきれず船腹の側板がギシギシと音を立てた。コールタールを塗り込められた厚みのある樫の板のつなぎ目から、僅かに水が滲む。


「な、何をいっているんだ、この指輪があれば、コイツはおれの意のままなんだ!」

男爵は脂汗を流し髪を振り乱し、手を振り回しながら、叫んでいる。多分、アルティフィナに、そして誰より自分自身に言い聞かせる様に。

危ういバランスの上で保たれていた正気が、瞬く間に崩れ去っていく。

男爵を見詰めるアルティフィナの瞳が、何時の間にか深紅に染め抜かれた。

ルトビアの為?

否、そうじゃない。

簡単だ。

よりによって、この男はわたしの前で『貧しいことは罪』だと、そう口にした。

男爵が振り回す右の手には、琥珀色の水晶玉。

同じ右手の指には、翡翠の様な指輪が暗緑色の輝きを放っている。


「意のまま、ですって? 目的地につくまでは、ね。それに、あなたはもう『目が見えない』から、目的地には行き着けないわ・・・」

そう言いながら、アルティフィナが男爵の握る水晶玉を、深紅の瞳で見詰めた。

突如、男爵の手から閃光が放たれた。

『ギャッ』っという悲鳴をあげて、焼かれた目を抑えた男爵が床に転がる。光を失った『宝玉』が、床に落ちて粉々に砕け散る。素早く駆け寄ったアルティフィナが、素早く男爵の右手から指輪を抜き取った。

「ありがとうね、デヴラ男爵。あなたが死んでしまう前に『誰に売ったか』聞けて、良かったわ。だいたい、想像通りだったけれどね」

アルティフィナはそう男爵の耳元で囁くと、身を翻した。

再び甲板へと続く梯子をよじ登るアルティフィナの背に、ばりばりと骨ごと男爵を咀嚼する音が聞こえた。

『だから、下着が見えてるって・・・』梯子の下から、グレンの声が聞こえる。

・・・いや、それは見上げるグレンが悪い。

梯子の下で待つグレンの頭を蹴って、アルティフィナは甲板へと飛び出した。


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