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第41章

41.

朽ち果てた出城は所々石積みの外壁や瓦葺きの屋根が崩れ、天空に掛かる月の光が建物の奥にまで差し込んでいる。厚みのある両開きの木の扉も、片側が外れてしまっていた。『結界石』を部屋の内側の四隅に置いて魔物避けの結界を造り、更に扉の失われた入口の内側で『魔物避けの香木』を焚く。

やっと、夕食。

ツー・ヘッド・ティタノボアなどという、事のほか大物の魔物との遭遇で時間を費やす事にはなったが、如何にか無事夕食にありつける事になった。

時間が掛かったのは実際のところは遭遇戦そのものよりも、ツー・ヘッド・ティタノボアの死骸から魔核を取り出し(一度に二つ採取出来て、ある意味、お得だったりする)、皮を剥いで運河の水で洗い(洗った排水は街道に撒いた。生活用水なので、運河に流すのは気が引ける)最後に草原に穴を掘り、中に大蛇の死肉を積み上げ、拾った薪に発火薬で火をつけて焼く。

微妙だが食べる方は二か所、排泄は如何するの?という疑問は解けていない。腸管からの出口となる器官がなく、完全消化が前提(ネコ型ロボットか!?)なのかもしれない。魔物の消化能力、恐るべし。

魔物の死肉であろうと、ほっておけば他の魔物を呼び寄せる餌になってしまう。街道に魔物を誘引してしまうのは、やはり望ましくはない。時間がないか、別の魔物との遭遇が致命的な程に危険であれば最悪死骸はそのままでも仕方ないが、今回はきちんと処理してから先に進む事にした。

そんなこんなで大分遅くなってしまったが、頑張った分だけ夕食も美味しく頂けると言うものではある。


「この出城ではね、その昔、壮絶な籠城戦があったのよ・・・」

食後の珈琲の豊かな香り(何故か、とてもフルーティーな香り。何故でしょうね?)が、今だけは『魔物避けの香木』の香りを押しやり、薪を囲むアルティフィナたちを包み込む。

魔物は勿論というか当然というか、人間にとって厄介な敵ではあるが、実のところ人間にとって最も恐るべき敵は、同じ人間であったりもする。それを示しているのがこの要塞跡で、帝国からの独立に反対する貴族連合と、英雄王率いる独立派が壮絶な戦いを繰り広げた。一万人近い反対派の主力部隊を迎え撃ったのは、英雄王の長男であるウイリアム王子の守備隊、僅か百人。再三の降伏勧告を蹴って守備隊は最後まで戦い、ウイリアムを含む全員が戦死してやっとケリがついた。三日に亘る籠城戦で貴重な時間を稼いだ英雄王は、自分の息子の死と引き換えにルトビアの軍備を整え、籠城戦を終えて気の緩んだ貴族連合を僅か三千の寡兵で打ち破り独立を手にする事になる。

そういう意味では、この出城はルトビアにとって歴史的な建造物なのだろうが、英雄王は息子の死を悼みこそすれ、この要塞跡自体には価値を見出さなかった様だ。

あるいは死という事実を思い出す事を、避けたのかもしれない。


「ふぅ、いやぁ、飯も上手かったし、生き返ったぜ。 ・・・しかし、こんなところで死ぬのは嫌だな。俺だったら、さっさと逃げ出すね」

三人だけの夕食は、至って静かだ。

柔らかな炎の中で薪の弾ける音、出城から街道を挟んだ向こう側で運河の流れるせせらぎの音。それに、三人が使う、食器やスプーンの擦れる音。

一人暮らしの長いステラさんの料理スキルは殊の外に高く、野宿にも関わらず野菜スープとパンで充実した夕食となった。

屋根の破れ目からは月明かりが差し込み、皆の穏やかな表情を照らし出している。そう言えば、月の光の差し込む(実際には、その様を模した、魔法仕掛けの壁紙の貼られた)部屋は、アイリーン嬢の通う大学の、寮の部屋を思い出す。

アイリーン嬢は今頃シャーロット嬢を相手に、置いてきぼりを食った不遇を嘆いているかもしれない。

くすっ、とアルティフィナが微笑んだ。

いなければいないで、ちょっと寂しい気もするが。


「この城跡で、多くの人が亡くなったのですね。そう考えると訪れる人もいない、ここはとても寂しい場所ですね。それにアイリーン様とシャーロットさんがいないと、ちょっと寂しいですね。・・・ちょっとだけ、ですけどね」

ステラさんが、何やら感慨深げに、そう呟いた。

ステラさんの銀糸の様な髪の上を滑る様に、月明かりの滴が流れ落ちる。

如何やらステラさんも、わたしと似た様な事を考えていたらしい。

そう、ちょっとだけ。


「ここですわ! 大丈夫です、どうぞ、お入り下さい!」

『魔物避けの香木』の煙を割って慌ただしく駆け込んで来たのは、シャーロット嬢だった。

な、何!?

慌てたグレイが脇に置いたツー・ハンデッド・ソードの柄に手を伸ばし掛け、呆れた様に固まった。

いや、何となく分かる気がする、分かりたくないけど。


「やっと、見つけましたわ! あぁ、お待たせしました、アルティフィナさん!」

がばっ、とアイリーン嬢が胸元に飛び込んで来た。

うん、抱き心地は良いわよね、頬に触れるピンクっぽい金髪の感触とか。

別に待っては、いなかったけどね。

下されたベールの中で、アイリーン嬢も流石に今日は、ツインテールは返上している。

良いけど、遠足に来た訳でもないのですけど。

因みに今回は、わたしも枕は持って来ていないし。

まぁ、いっかぁ。

皆で月明かりの下で、お茶会(深入り焙煎の、フルーティーな最高級希少種!)っていうのも。

その代わり、これはわたしの我儘、今夜は珈琲限定、紅茶は禁止。

徹夜だし。

あ、一応その後は、ちゃんと、お仕事(荷船で、珈琲豆を捜索)しなきゃね。


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