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第40章

40.

俺が冒険者になんぞなりたいなどと言うのは、なまじ理由がない訳でもない。

理由は簡単で、惚れた女を危険に晒したくないだけだ。簡単に言えば、俺がもっと金が稼げる様になって、アルティフィナを安全な店の中に閉じ込めてしまいたい。

まぁ、無理だけどな。

それも分かっちゃいる。

いや、この願望には多少、見栄が入っているな。

本当は、惚れた女に認められたいだけなのだろう。トマト・スパゲッティやチキン・サンドの味で認められるのも、有ではあるのだろうが。出来れば、もっと男らしい事で認められたい。

そもそも俺の言う事を大人しくきく、なんて事は、ありえないけどな。

アルティフィナは、強い。

人間の騎士だろうが、圧倒的な魔法を駆使する魔族だろうが、俺ではとても太刀打ち出来ない様な相手を、いとも簡単にあしらい斃してしまう。

残念な事に、この先、何年掛かっても、俺では勝てそうにない。

だがここで諦めちまっては俺は何時まで経っても、アルティフィナには追いつけない。

だから俺は、剣を振るう。

今は、それで良い、そうも思う。

それが、俺なのだから。


「くそっ」

吐き出す息が、肺を中から焼かれているかの様に熱い。

大蛇の首の鱗を滑った剣先が、ジャッ、と嫌な音を立てる。音も柄に伝わる振動も、まるで鋼鉄の剣を打ち合わせているかの様な感触だ。

両の手が、痺れやがる。

だが、眼の前で咢を開き威嚇する、『左の奴』ばかりに気を取られている訳にはいかない。如何やら『右の奴』は『左の奴』程には積極的な性格ではないらしいが、『左の奴』の引き際に合せて、上手い具合に『合の手』を入れてきやがる。たかが蛇の癖に、この『右の奴』が曲者で、お蔭で俺の追撃も踏込も、ワンテンポばかり遅れがちだ。

右だろうが左だろうが、奴らの鱗は鋼鉄並みだ。垂直に全力で切らねば、刃先が滑るか、弾かれる。


「『後ろのヤツ』、一瞬だけ、止めてあげるわ! その間に『前のヤツ』を斃しなさい!」

止める間もなく、アルティフィナが飛び込んできやがった。

アルティフィナの言う『後ろのヤツ』って言うのは『右の奴』、『前のヤツ』は俺から見て『左の奴』だ。

無謀にも愛用の特殊警棒をサッ、と伸ばすと、『右の奴』に飛び掛かった。『右の奴』が咢を開き襲い掛かるのを、その小さな体を倒立の様に跳ね上げて躱し、何と文字通りチョーク・スリーパーを掛けやがった。特殊警棒の筒先を『右の奴』の顎の下を通して左手の肘の内側で抑え込んでいる。

普通、大蛇相手に、そんな事するか!?

つうか、こないだ、俺にも掛けてなかったか!?


「・・・下着が、見えてるぞぉっ!!」

烈瀑の気合と共に切り上げたツー・ハンデッド・ソードが、『左の奴』の顎の下側を垂直に捉えた。自分の直径よりも大きな獲物を丸呑みする事さえあるツー・ヘッド・ティタノボアの、全身硬い鱗の中では最も柔らかく柔軟性のある顎の下側を切り裂き、緑の鮮血をまき散らす。そのまま、アルティフィナを頭の上にぶら下げたまま、振り落とそうと頭を振る『右の奴』の下顎にツー・ハンデッド・ソードを突き通した。


「ち、ちょっと!?」

眼の前のツー・ヘッド・ティタノボアの両の目の間から、突如突き出されたツー・ハンデッド・ソードの切っ先を仰け反って躱しながら、如何にか左手のロックを外して飛び降りる。

まったく。

グレンは、わたしまで串刺しにするつもりかしら。

今夜は、お仕置きだわ、絶対!

下顎を横一文字に割かれた『前のヤツ』と、下顎から頭まで串刺しにされた『後ろのヤツ』が、揃ってドゥッ、と地に伏した。


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