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第32章

32.

話しは、数日前まで遡る。

アイリーン嬢の花婿候補の内偵調査を進めていた訳だが、一人目は実は女性で候補にはなり得ない事が判明。

まぁ、わたしは、ステラさん好きだけど。

アイリーン嬢も私設秘書に採用するくらいステラさんを気に入った様だが、流石に皇女は女性相手に結婚は出来ない。

それはそうよね。

必然的に三人いる候補の二人目に調査の対象を移した訳だが、この二人目の候補者、デヴラ男爵というのが如何やら曲者だった。男爵と言う事で一人目の候補であったステラさんの伯爵という爵位に比べると大分落ちるのだが、資産の方はステラさんの唯一の持ち物である邸宅を入れても、全く太刀打ち出来ない位に大金持ち。わたしの個人的な意見としては『男は、金よ!』という訳でお勧めなのだが、今一つ、何処で何をやっているのかが分からない。流石アイリーンさんの花婿候補、真っ当でないところばかり選んでくる。

それでいろいろ調べていくと、男爵家は元々の資産の方は大した事はなかった様だが、当代の男爵が貿易を営み急激に利益をあげているらしい。

これはきっと、幕府御禁制の品を・・・。怪しいと思い探ると、男爵の右腕の帳簿係が行方不明になっているという。ひょっとして、口封じで殺されたのかも?

何か前世で見た時代劇とか警察物の連続ドラマを思い浮かべつつ、少しづつ晩夏から初秋へと移ろう季節を、今日も本業の珈琲店のメイド業務を放り出し副業(趣味とも言う)に駆けずり回ったりしている。


「このウエンバンとかいうデヴラ商会の帳簿係だがな、如何やら南の城壁沿いの倉庫に拉致されているみたいだぜ?」

薄暗い『アルデバランの酒場』のカウンターに座るわたしに、ゴツイ体を丸めて硝子のグラスを布で磨きながら、店の主人がそう囁いた。

薄暗い店内には、わたしだけ。先程街のストリート・キッズの一人から、『品物入荷、取りに来い』との託けを受け、今日もちゃんと営業時間前に訪れたからだ。

(薄汚い少年に、グレンが小遣いを渡していた。少年の手間賃は先方で既に前払いしているだろうが、昔の自分を思い出したのかもしれない。そういう可愛いところも、たまにはある。たまに、だけど)

情報屋の裏の顔を持つこの店の主人に頼んだのは、如何やら当たりだった。他にも誘拐を示唆した情報屋はいたのだが、監禁されている先まで特定出来ているのは、この店の主人だけだ。

「ただな、ちいとばかり奥まったところにあってな・・・」

情報を聞きながら、多少割り増ししてお金を渡す。これは、そうでもしないと『わたしが情報を買った事を、誰かに売られる』可能性があるからだ。つまり口止め料、この世界の情報屋を使う場合の暗黙のルールというヤツだった。厄介だが、ルールに従う限りは、お互い良い商売が出来る。勿論、何処で如何仕入れた情報なのか、とかは問わない事もルール。背景を明かさずとも信頼される様でないと、情報屋は務まらない。

わたしは店の主人がサービスで出してくれた真っ赤な(薄暗い店内では、赤黒い感じで、とっても不気味)とろんとした舌触りの蛇骨酒のロックを煽ると、倉庫の場所を示す地図(嫌味な事に、ちゃんと紙に鉛筆書き)を受け取り、礼を言って店の外に出た。

何か、いよいよハードボイルドな感じ、これ、良いかも?


「如何したアルティ、何か目付きが座ってるけど?」

な、何を?

酔ってなんか、ないわよ?

折角こっちは、浸ってるんだからね。

くだらない事言ってないで、仕事しなさいよ、仕事!

と、余計なひと言のお礼の代わりに、グレンの背中をどやしておく。

「な、何するんだよ!?」

と前のめりになったグレンの背が低くなったところで、チョーク・スリーパー。

「や、ギブギブ!?」

何か面倒臭くなったので、腕を緩め、そのままおんぶして貰う事に決定。

どうせ、帳簿係が拉致されているという倉庫に向かうのは、夜という事になる。

つまり、今から速やかに昼寝が必要。

飽きれるグレンの頭を小突きながら、店の二階のベッドまで運んで貰う事にする。


「・・・昔は、わたしが、おんぶしてあげたんだからね? グレンは良く、鼻垂らして泣いてたわよね?」

片手でぐしゃぐしゃと、グレンの頭を掻き混ぜながら、アルティフィナがグレンの耳元で囁いた。

グレンの背中は広く温かく、ゆっくりと歩むその揺れが心地良い。

何か、直ぐにベッドに下されるのは勿体ない気が・・・。


「ああ、そんな事もあったか? これからは俺がアルティを背負ってやるよ」

少しだけ遠回りして帰ろうかと、グレンはそんな事を考える。何時の間にか寝入ってしまったアルティフィナが、背中で可愛い寝息を立てている。

寝ている時は、見た目通りに可愛いのに。

アルティフィナが情報屋で何か聞き出したなら、今夜の仕事は忙しそうだ。

出来れば俺が冒険者で金を稼いで、アルティフィナには危ない事はさせたくないんだがな、そう思う。

まぁ、言っても聞き分ける訳はなく。グレンは一人苦笑して、歩き出した。


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