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第28章

28.

誰にでも、人に知られたくない事はある。わたしはこのルトビアの地で生きていくのに、わたしが魔族の一員であるサキュバスであると言う事を、・・・今はもう人間ではないと言う事を隠している。

若干、バレている気もするが、少なくとも大っぴらに告知したりする気はない。

ただ、それが誰にバレているかという辺りが問題で、由緒正しい高級珈琲専門店にも関わらず、妙な不法就労(給与なし、制服支給、賄い食付き)の押し掛けメイド二名の受け入れを強いられたりしている。

それはさておき。

『伯爵は既に何処かの店に下して・・・』という一文で、ステラさんの一番知られたくない秘密を棚上げにしてみせたわたしは、怯えてはいても凛としたものを内に秘めたステラさんを、この街の南端に位置する喫茶店へと誘った。

ナイフで脅して持ち帰った、ともいう。


「妃殿下・・・。如何してアイリーン様がこの店に?」

ステラさんが、その銀白色の髪に相応しく抜けるように色白い顔に、戸惑いを隠しきれない表情を浮かべて問う。

それは、驚くわよね。

深夜の喫茶店に何故、第四皇女がいるのか?

というかどうして、メガネっ子でツインテールでフリフリのメイド服(しかもスカート丈短め)なのか?とか。

未だにわたしも、何でこうなったのか理解してないものね。理解したくないだけ、なんだけどね。


「貴女が、ステラさんね? 始めまして。でも、私は多分、貴女に会ったことがあるわよね? 何時だったかしら?」

アイリーン嬢の問いに、ステラさんが思わず僅かに口を開きかけ、そして、閉じた。

もし、わたしの推測が当たっていれば、きっとアイリーン嬢の記憶は間違いではない。だが、ステラさんは、きっ、とした視線をアイリーン嬢に向けたまま、口を噤んでいる。

だが尋問官第四皇女に対し、そうそう黙秘は通用しないだろう。

その、小首を傾げた仕草の所為で、頭の両側で束ねたしっぽが振られ、人差し指が僅かに上気した頬に当てられていて、ああ、押し倒したい!

でもっ!

今は自制が必要よ、アルティフィナ!

それに、わたしが興奮したところでステラさんが口を開く訳ではないし、そのメガネっ子属性はステラさんには、というか一般人には何の効果もないだろうし。


「もう、真相を話しちまったら、如何だい? 正直、ここにいる誰も『伯爵はどこぞの店に置いて来ました』なんて事は信じていないぜ? あんたも、楽になると思うんだがな」

厨房から、グレンの呑気な声が掛かった。

・・・良いんだか悪いんだか。

いや、いっその事、こういう時は、かつ丼を作って貰うのが良いのでは?

定番よね?

あ、厨房の火は落としたんだっけ。

残念。


「・・・実は、現伯爵は既に亡くなられております。私は前伯爵から直々に、現伯爵死去の事実を隠す様に言われておりました。それでやむなく、現伯爵が生きているかの様に、装ってきました」

ステラさんが目を伏せると漸く、そんな告白を口にした。

だから、夜な々々伯爵の馬車で街を徘徊していたと。

辻褄は合う。

合うのだが、そうじゃない。


「それは嘘でしょう、ステラさん。もし、この企みが暴かれる時が来た時の為に、予め作っておいた言い訳よね? 本当は現伯爵など、最初からいなかった。いいえ、この言い方も間違えている。ステラさん、あなた自身が、前伯爵の血統。あなたこそが、伯爵なのね?」

アルティフィナの声が、狭い店内に響く。

銀白色の髪が揺れ、ステラが胸の内ポケットから抜き身の短剣を取り出した。

『殿下!』

ばっ、とシャーロットがアイリーンに覆い被る様に、体を割り込ませる。

だが、ステラさんが振り上げたナイフが向けられるのは、ステラさん自身。

抜き身の刃が、薄暗い店内で鈍い光を反射した。

ステラさんの目が大きく見開かれ、逆手に握るナイフが胸に・・・。

「自殺は『禁止』よ、ステラさん」

鈴の様な声が、ステラを取り巻くすべての動きを止める。

実際にアルティフィナの『魔力』に捕らわれているのは、ステラだけだったが、ステラばかりか店にいる全員が身動き出来ない。

「悪い様には、しないわ。ステラさんお願いよ、わたしたちに話してみて」

これは、わたしの願い。

ステラさんはもう、わたしにとって見ず知らずの他人ではない。職を失い(という事になっている)路頭に迷うわたしを雇ってくれたステラさんが抱え込んだ、その真実を知りたい。

願わくは、今日が良き日であらん事を・・・。


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