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第25章

25.

アイリーン嬢の三人いるという花婿候補の最初の一人、オークランド伯爵は二十代前半の独り身だが、自分の地位に見合った貴婦人との結婚には、まったく興味がないらしい。と言うのも街の噂では『どこそこの店の前に、昨夜伯爵家の馬車が止まっていた』とか、『帝都の別宅には、何人の愛人を住まわせている』とか、そんな噂ばかり流れているからだ。この場合当然『どこそこの店』とは街の南側にある、夜にしか開かない、いかがわしい店、と言う事になる。

因みに珈琲店ではない、いかがわしくないし。

帝国内にあった領地を返上したのは、現伯爵の父親である先代伯爵の判断だが、端的に言えば面倒くさい領地経営を放り出した、と言う事らしい。帝国議会議員としての俸禄と、聖ルトビア王国の家臣として収入で、現在の聖ルトビアで王国貴族としての生活が維持出来ると考えての判断なのだろう。

ある意味、野心を持たない、質素な倹約家の家系であるのかもしれない。

野心はないけど、欲望はあります、みたいな。

そうだとするならば、今更メイドを増やす事は難しいのかもしれないが、幸いにして新規メイド採用の面談の約束を取り付ける事が出来た。曲がりなりにも王家直々に発行された紹介状、たとえ伯爵家といえども面談もせずに門前払いは出来なかった訳だ。

一等地も一等地、ルトビアの王城を取り囲む広場と環状の通りを挟み、王城の向かい東側の一角にあるのがオークランド伯爵の館だった。

そして、古風な石造りの館の閉ざされた門の前に、残暑がまだまだ厳しいルトビアの街だというのに、背中で結ばれた大きなリボンのある黒い長袖ワンピース姿の少女の姿があった。


「オークランド伯は、現在帝都に赴いており不在です。その間、屋敷を取り仕切っております、私は執事のステラと申します」

わたしが案内されたのは、屋敷の使用人向けの食堂だった。

伯爵家ともなれば、伯爵一族の食堂と使用人の食堂が別なのは当たり前。驚いたのはわたしを案内してくれた、執事と自己紹介する少女。そう、如何やらこの屋敷の使用人を取り仕切るのは、小柄な女執事というか、少女執事だった事だ。

いや、言いなおそう。

これはもう、美少女執事だわ。

銀白色の髪は肩の辺りで切り揃えられ、わたしより華奢で小柄な体は、執事らしく黒い燕尾服に包まれている。

・・・こ、これはっ!

わたしの好みかもっ!

い、いや、ダメよアルティフィナ、あなたの目的は、そうじゃないでしょ!?


「先日まで後宮でレディースメイド (侍女)をさせて頂いておりました、アルティフィナと申します。十八となり職替えを言い渡されましたのを機に、お城を離れる事となりました。こちらが、紹介状となります」

王城のメイドにも多彩な階級があるのだが、レディースメイドとはかなりの上位職で、王女に専属で仕える特別扱い、と言っても良い。但し、若さが売り物の役職でもあり、仕える王女よりは年長でなければならないにも関わらず、ある程度の年齢になると解雇や職替えを言い渡されることもある。

それでわたしは、アイリーン嬢の妹君の第五皇女付きを追い出されたばかり、という設定だった。もちろん、第五皇女は実在するし、まだ後宮から出た事もなく、何れは通う事になるであろう王立ルトビア魔法学大学校には入学もしていない。(大学入学までは王城の中で、選ばれた家庭教師による教育を受けるのが、王家の子弟の常だ)

たとえ伯爵であっても、この設定ならば設定としては疑う余地もなく、完璧だ。

問題は、目当てのオークランド伯が不在(ちゃんと下調べ位しとけよ、アルティフィナ!と自分で自分に突っ込んでみる・・・)な事だ。

これって、帰ってくるまで、どれ位待つのかしら?


「まぁ、アルティフィナさん、紹介状の中でこんなに褒めて頂けるなら、そのまま後宮で、ゆくゆくはハウスキーパー(家政婦長)にもなれましたでしょうに」

ステラさんがピンと伸びた背筋のまま、わたしの紹介状を読んでいる。

そう、天井から垂らされたロープで、頭の天辺あたりを引っ張られているのでは?という感じ。口調は多少驚いた風だけど、体の方は一ミリも揺らがない。

流石、美少女執事。


「いえ、それはちょっと過分なお言葉です。それに、これを機に、お城の外の世界も見てみたいと思いまして。あの、伯爵様は帝国議員でもあると、お伺いしましたが当分は議会の方からは、お戻りにならないのでしょうか?」

美少女執事にも巡り合えたので、この潜入捜査はけして無駄ではないが、実際のところ如何したものだろう。もし伯爵自身には会えずとも、ステラさんから伯爵の人となりを聞き出せれば、一応の目的は達せられる気はする。

問題は美少女執事ともなれば、簡単には仕える主人の真の姿を、メイドに向かって愚痴ったりしないであろう事だ。


「そうですね。ですので、今はこの屋敷にはメイドも従者もおらず、住んでいるのは私だけです。余り人の手は必要とはしていないですが、アルティフィナさんは新しい仕事もなくて、困っているのでしょう? でしたら、新しい仕事が決まるまでの間、週に何日かこの館の掃除や片づけを手伝って頂くと言う事で如何でしょう?」

おや、問題多いプレイボーイ伯爵の執事なのに、仕事をなくした(事になっている)わたしの身の上を心配してくれるなんて流石美少女執事、至って善良だったりする。

これはちょっと、拍子抜けかもしれない。そんな善良な美少女執事が、誰かの悪口を言う事は考えにくい。だが、伯爵の生活態度を聞き出せなくとも、館に入り込めば、多少はその生活が見えてくるだろう。

日記帳とか。

いや、ひょっとすると、連れ込んだ女の、脱ぎ散らかされた女物の下着とか。


「は、はい。ありがとうございます!」

頭を下げるアルティフィナの、艶やかな黒髪が舞った。

さぁ、お仕事(銀白色の髪を持つ、美少女執事を愛でられるという、願ってもないオマケ付き)よ!


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