第20章
20.
上級魔族と呼ばれる貴族階級と、わたしを含む下級魔族を分け隔てるのは、ひとえに『魔力』の多寡だけという訳ではない。
『魔力』を注ぎ込めば魔法を使える回数も増えるし、自らの身体的な損傷の回復能力を嵩上げ出来る。簡単に言えば、上級魔族ならば片手を切り落とされた位では、せいぜい『片手が使えない』ぐらいの不利益しか生じない。残念な事に出血多量で死ぬとか、激痛で気を失うとかいう可愛いリアクションは期待出来ない。
期待出来ないので、この場を納めるには、わたしが、もっと、可愛がってあげる必要がある。
「今のうちに図書室の外へ! 扉を閉めて!」
アイリーン嬢を、図書室入口の方へと追い遣る。
そのネグリジェ、素敵だけど、ここにいると破けそうだし。
奇怪な笑い声を上げながらスケルトンを斬り(砕く?)まくっている首なし騎士の姿に、アイリーン嬢は完全に思考停止状態だ。可哀相におじさま、女の子に好かれるタイプじゃないわよね。だが、おじさま改め、ベルゼンクラークおじさまがアルネリーゼ嬢の片腕を切り落としてくれたのは、わたしにとっては願ってもいないチャンスだ。既に開いてしまった『門』は術者の安否に関係なく機能するが、それも術者を斃せれば『魔力』の供給を絶たれ、直ぐにでも収束する。
アルネリーゼ嬢は、わたしへの攻撃に注意を集中した隙を突かれて片腕を絶たれたはずで、今度はベルゼンクラークおじさまに注意を向けているうちに、わたし自身が動く必要がある。
「あなた・・・、デュラハン風情が・・・、私の邪魔をして、タダで済むと思っているの?」
腕から噴き出した鮮血の血溜まりに片膝をつくアルネリーゼ嬢が、苦痛と憎悪の籠った目でおじさまを睨みながら、ゆらゆらと立ち上がる。
だが、既におじさまはバサーク・モード?に入っていて、聞いてない。
流石、おじさま。
ほら、首を持つ時は、耳の辺りを腕で抱えてるから聞こえ辛いんだよ、きっと。
多分。
わたしのチャンスは、一度だけ。
たとえ片腕を失っていても、アルネリーゼ嬢は片手だけでも、強烈な攻撃魔法を放てる。
わたしを一瞬で黒焦げに出来る程の火炎、あるいはわたしの肢体を散り々々に切り裂く鎌鼬。
このままでも、わたしの死に様は無数に想像が出来そうだ。
踏み出した左足を折り。
右足の爪先が、左足の踵を蹴る様に吸い寄せられる。
まるで落下する様に沈み込み、前のめりに倒れながら、その速度は爆発的な加速へと昇華する。
「アルネリーゼ先輩! こっちよっ!」
左手で、アルネリーゼ嬢の残された右腕の手首を掴む。
右肩から、巻き込む様に踏み込む。
右手に握った特殊警棒の切っ先が、地を削る。
驚愕に見開かれた、アルネリーゼ嬢の鮮血の如きその瞳。だが、そこに浮かべているのは、まだ、恐怖ではない。まだアルネリーゼ嬢は上級魔族として、この状況でも余裕なのだ。
でも。わたしは負けない!
右手の指で、特殊警棒の握りを穿つ、二つの小さなピンを弾く。
ミスリル銀製の4本の中空の筒を貫く、金属の糸が留め金から外れる。通常に振るうだけなら、わたしの特殊警棒の長さは約1メートル。内側から留めていた糸が解かれた警棒は、10センチだけ、その長さを伸ばす。僅か10センチ、だが、わたしの間合いを見切っていたはずのアルネリーゼ嬢にとっては、致命的な10センチだった。手首を返し切り上げる特殊警棒の切っ先が、見切り損ねたアルネリーゼ嬢の美しい顎を砕いて跳ね上げた。
空中を舞う赤い眼鏡の下を掻い潜り、握りを替えた特殊警棒の切っ先を、アルネリーゼ嬢の胸に突き立てる。
伸びきった特殊警棒が一瞬にして縮まり、30センチ程となった棒先から、鈍い閃光が閃いた。
漂う、硝煙の香り。
水色のワンピースの胸元に数センチの大きさで大穴を開けて貫いたのは、特殊警棒に仕込まれた水銀の詰まった弾丸だった。比重も鉛や鉄より重いが、ゼロ距離で発射と着弾、四散が同時に起こる仕込み銃では、最も凶悪な結果をもたらす。
首を斬り落とす以外では、上級魔族を殺す唯一の方法。
「あなた・・・、これで終わったなんて、思わないことね・・・」
搾り出す様に、アルネリーゼ嬢が囁く。
アルネリーゼ嬢の深紅の瞳から色が抜け落ち、ブラウンに染まった。
崩れ落ちるアルネリーゼ嬢を、抱き留める。
「その言葉、信じるわ、アルネリーゼ先輩・・・」
アルネリーゼ嬢の唇を塞ぐ。
溢れだす鮮血は、死の味がした。




