第18章
18.
魔法は、けして万能ではない。
何も知らない者から見れば、文字通り『魔法みたい』に何でも出来ると思われるだろうが、実は魔法の行使は様々な制約に基づき具現化されたものであり、体系化された学問の確固たる成果だ。
たとえば、『門』と『門』を結ぶ『道』は、両端を開いて初めて確定する。そして普通は『門』の解放は魔族であっても、一つづつ、しか行えない。
確かに生まれながらにして、彼らの奉じる『神々に祝福されている』とも言われるエルフたちは、同時に二つ以上の魔法を重ねがけする事も出来る。だが彼らとて、一つ目の魔法の効果が切れる前に、二つ目の魔法を行使しているに過ぎない。
魔族も同じだ。
魔族といえど一度に二つの魔法陣を描ける術者を、わたしは知らない。
否、知らなかった。
今日までは、だが。
「驚いた? 私はこの大学に来て、人間の魔法研究も捨てたもんじゃない、って分かったの。彼等は少しでも魔法を『軽く』しようと、日々研究を重ねているの」
踏み込んだわたしの突きを、体を捻って躱しながらアルネリーゼ嬢はわたしに、そう説明した。
口元には凄惨な笑みを浮かべ、アルネリーゼ嬢が両手の二つの術式を同時に完成へと綴る。
逆に、もう少し余裕があるなどと踏んでいたわたしには、二つ魔法陣の同時生成はかなりショックだ。
そうか、紋章学だ。『軽い』、だから魔族なら、二つの魔法を同時に操れる。
わたしには、アルネリーゼ嬢が描いた魔法陣が理解出来た。つまり、魔法陣として十分に成立しているのだ、その起動言語の記述が、どんなに簡略化され暗喩に置き換えられていても。
「アイリーンさん、下がって。王城へ! 騎士を呼ぶのよ!」
振り返らずに、わたしの後方にいるはずのアイリーン嬢に向けて叫ぶ。
魔法の同時に行使もだが、突きを躱された事も、実はかなりショックだったりする。
多分、スケルトンを嗾けられた時、アルネリーゼ嬢はじっくりと見ていたのだ、わたしの太刀筋を。
わたしの特集警棒は、その間合いも『溜め』のない動きも、独特だ。それを一目で、見抜いたのだ。
そんな事が出来るのは、魔族の中でも上級の魔族。下級も下級、最底辺に程近いわたしとは、格の差があり過ぎる・・・。
「もう、遅いわ! さぁ、もう一度、扉を開くわよ! 盟約通り、主は出てはこないけれど、この扉の向こうにはね、あなたに仲間を殺されたスケルトンたちが沢山いるわ! あなたたちを殺してから、私は一旦引く事にしましょう。6年掛かりの計画なのよ? 少しくらい待つことなんて、気にならないわ!」
わたしの二の太刀、三の太刀(特殊警棒だけど)を軽く躱して、 アルネリーゼ嬢が後退する。
ダメだ、完全にわたしの間合いを読まれている・・・。
「くっ、扉が開く。数が多すぎる・・・」
アルネリーゼ嬢の手を離れた魔法陣の一方が、わたしとアルネリーゼ嬢の間に垂直に聳える。回転しながら瞬く間に直径を広げ、もはやわたしの身長を軽く超えている。そう、魔物がくぐれる程に、大きい。
真紅の文様の向こうに、アルネリーゼ嬢ともう一つの魔法陣が見える。
そして、更にその向こうには、無数のスケルトンがひしめくのが見えた。
まずい。
ハードなのも、嫌いじゃないけれど。
これ、お仕事にしても、ちょっと、ハード過ぎるかも。




