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第16章

16.

『魔族』のアイリーン嬢が、邪魔なアルネリーゼ嬢を迷宮に閉じ込めた。

それがこの幽霊騒ぎの真相ならば、この話は終わりだ。

勿論、平凡な?一市民(素性を偽っているので、非公式だけど)に過ぎないわたしが、王族の子弟を告発する事は出来ないだろう。だが、アイリーン嬢が非を認めて謝り、アルネリーゼ嬢が迷宮から解放されれば、それで良い。

後はアイリーン嬢とアルネリーゼ嬢の問題であり、わたしの出るべき幕ではない。

一応、辻褄は合うと思う。

だが、もし、そうではなかったならば。

つまり『アルネリーゼ嬢を、アイリーン嬢が閉じ込めた』訳では、なかったならば。

まだ、この話は終われない。


「言い訳はしないの? アイリーンさん?」

ピンクっぽい金髪を持つ、人形の様な少女。

単にわたしの好みだったから、バイアスが掛かっているのかと思っていたのだが。

美し過ぎるのだ、人間にしては。

それは『魔族』の特徴でもある。

王族ともなれば、数多の人目に晒される。

出自を隠したいならば、何か方法はあっただろうに。

そう、たとえば・・・。


「王族には、『言い訳をする自由』はないのよ、アルティフィナさん」

アイリーン嬢が、凛とした声で言い放った。

声は多少震えてはいるが、込められた清廉な気高さは、何一つ変わっていない。

「でも。真相は話しますわ。私たち、ルトビア王家に連なる一族、そして英雄と称えられた我が父王は、あなたの察しの通り『魔族』の血を引いているの。それ故に、私たち一族は魔法が使えると言っても良いわ。かつて、この地にあった迷宮の奥底を閉じるにあたり、父王は迷宮の主と取引をした。この地に住む迷宮の主は、けしてこの世界を滅ぼす事を望んでいる様な、危険な魔物ではなかったと言う。だから、魔物と話す事が出来た父王は、互いに不可侵の盟約を立てて、それを守るべく王城を築いた。それは魔族の血が為せる、交渉だったの・・・」

そこまで言ってアイリーン嬢は、その水晶の様な瞳を伏せた。

「でも、それは昔の話。魔物が闊歩するこの世界にあってさえ、魔法の意義は失われている。私は、私の望まぬ結婚話を頓挫させるべく、この地に再び『戦乱』を引き起こし、『魔法使い』が戦で必要とされる世を実現したかった。それ故に古き盟約を破り、迷宮の入口を解放したの。それなのに、魔物たちは迷宮の外に出てこようともしない。そう、私以外にも、この迷宮が存在する理由を知る者がいて、私の計画を妨げたからだわ」

アイリーン嬢が、その美しい水晶の瞳で、わたしの背後に立つアイリーン嬢を睨んだ。


「私は、迷宮の入口の鍵が解かれた事に気が付きました。迷宮の主が、けして好戦的でない事も、文献の記述で分かっていたので、一人で会いに行きました。私は魔族ではないので、意志の疎通には苦労しましたが、ここでも紋章学の知識が役に立ちました。今では文字を通じてならば、互いの意思を伝える事が出来るのです。迷宮の主は、再び迷宮の扉が閉ざされる事を望んでいます」

アイリーン嬢の何処か自暴自棄とも言える視線を正面から受けても、アルネリーゼ嬢は怯まなかった。少しやつれてはいるものの、美しいブラウンの瞳を何処か滑稽ささえある赤い縁の眼鏡で隠し、アイリーン嬢を見返している。

既に、この場に『犯人』と、その『犠牲者』にして『告発者』がいて、この判じ物は『正義』が行われて幕を閉じようとしている。

・・・だが、何故、メガネなの?


「わたしに、スケルトンを嗾けたのは何故? この寮に幽霊騒ぎを起こした理由は?」

アルネリーゼ嬢に問う。

この答えで、いよいよ、最後のピースが嵌る。

でも。

何かが、違う。

きっと、このピースは嵌らない。

何処かで、わたしは間違えた、そんな気がしたから。


「アルティフィナさんはアイリーンさんが私を迷宮に閉じ込めたと言いましたが、それはちょっと違います。私は私の意思で、迷宮に入ったのです。ですが、迷宮の主の意思に従わない魔物も多くて。私は主の間に閉じ込められてしまいました。主が閉じ込めているのではなくスケルトンが、私が出てきたところを捕まえようと、主の間の外で待ち構えているのです。それで迷宮の通路と、この図書室を繋いだのです。アルティフィナさんに、スケルトンを斃して貰うために」

アルネリーゼ嬢は、わたしにスケルトンの掃除を任せたという。

それは、わたしの望んだ答え。

でも。

アルネリーゼ嬢を見つめるうちに、違和感が膨らむ。

そのメガネ、何故、あなたはメガネっ子なの?

アイリーン嬢に匹敵する程、あなたは美しいのに・・・。

「ごめんなさい、アルティフィナさん・・・。それと、幽霊騒ぎですが。何となく、私にもこの迷宮の扉を開けたのが、アイリーンさんだと言う事が分かっていました。だって、王様が閉じた扉は王族の者にしか開けられない、そう書かれていましたから。騒ぎを起こせば、誰かがこの図書室を調べ、真相に気付いてくれるかもしれないと、そう思ったのです」

わたしの視線に耐えきれなくなったかの様に、アルネリーゼ嬢が目を逸らした。

でも、わたしのそれは、自分がスケルトンの掃除に利用されたから、じゃ、ない。

だから、まだ、幕は閉じられない。


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