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第14章

14.

『国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった』

ふと、無意識のうちにそんな呟きが漏れた。

まぁ、そんな雪が降ってるとか、ないけど。

ここは上越線でもないし。

図書室の木の扉を開けると、普通にそこは『迷宮』だった。なので早速、居並ぶスケルトンたちが出迎えてくれる。

やっぱりというか、何というか。

アルネリーゼ嬢のご招待は、まずは念入りな歓迎からと言う事かしら。

普通に特殊警棒を使用するには、まずは思いっきり振るって、伸ばす。そして、スケルトンが振り上げたボロボロに刃毀れした片手剣を掻い潜り、特殊警棒で骸骨の頭を叩き割る。実は特殊警棒はスケルトンとは、すこぶる相性が良い。『人形の魔物』には、と言った方が良いかもしれないが。首から上を崩壊させた一体を肩で押し、倒れ込む様に別の一体に叩きつける。

その隙に返した手首で、次の一体の側頭部から横に薙ぐように打ち砕く。

わたしの特殊警棒のリズムは、『人形の魔物』を斃す為にこそ、ある。


「さぁ、わたしはあなたの誘いに乗ったわよ? そろそろ、出てきてくれないかしら、アルネリーゼ先輩?」

ただ単調に振り上げられた両手剣の柄を、握るスケルトンの骨の指ごと左手で抑え込んで制し、右手の特殊警棒の先端でスケスケで丸見えの(何か、いやらしい・・・)腰骨を討ち貫く。崩れ落ちる下半身に左手にぶら下がった上半身を投げつけて、一歩前に出る。

最初にこの女子寮を訪れた時、わたしは知らぬ間に『迷宮』の、おそらくは第二層へと迷い込んでいた。今も図書室の扉を開けた途端、『迷宮』へと踏み込んだ。ここがこの『迷宮』の何層目なのかは分からないが、アルネリーゼ嬢は女子寮のある元の第一層と、『迷宮』の任意の層との接続をコントロールする事が出来るらしい。


「・・・歓迎しますわ、アルティフィナさん。でも、もう少しだけ、私に付き合って下さいね」

涼しげな、それでいてどこか悲しげなアルネリーゼ嬢の声が、聞こえる。

迷宮の壁で反射して、どちらから声がするのか良く分からないが、如何やらスケルトンの群れ為す通路の前方からだろう。

振り下ろされた片手剣が、先を下げられた特殊警棒の上を滑る。

右手に伝わるのは、一秒の何分の一かを掛けて、ガタン、ガタン、と特殊警棒の節で切っ先が弾む感覚。焼き入れされた漆黒の警棒は、スケルトンの持つボロボロの長剣の剣先が滑ろうと削れることさえない。最後の一節を待たず、するりと力を抜いてスケルトンの剣先を地面に落とす。長剣より遥かに小回りの利く警棒を握る右手を返し、前のめりのスケルトンの顔面を打ち砕く。

アイリーン嬢を抱くだけでは、けして満たされたかった欲望。

だが。

多分、今。

わたしの口角は歓喜に歪み、目には狂気を宿している。


「この一体で、終わりよ! アルネリーゼ先輩、あなたの目的を話して!」

特殊警棒の短い間合いを埋める、半身での踏込。

スケルトンの胸元に飛び込む。


相手の、剣を振り回す動きの中心、『持ち手』を制する制体術。

長剣を振り下ろす柄ごと、止める。


振り被らずとも、『溜め』のない動きで棒先に最速を与える、体術一体の打ち込み。

相手も自分も動きを制限された中で、体重の移動を刺突に載せる。


剣を持つ者を斃す事に特化された、それがわたしの『剣術』

自分でも、馬鹿だなぁ、とは思う。

人間であれ魔族であれ『人形の魔物』だろうと、基本的には『誘惑』が効くのだ。

ゴーレムとか、スケルトンとか、知能のないヤツはダメだけど。(あれっ? そうすると、『人形の魔物』でも効かない奴も以外と多いか?)

だったら、もっと幅広く効果的な、魔物全般に効果のある様な技を極めれば良いのに、などとも思う。

『誘惑』の効く『人』にだけ、効果のある技などではなく。


「お見事です、アルティフィナさん。・・・私が、アルネリーゼです」

砕け散った頭蓋を追って、ゆっくりとスケルトンの最後の一体が仰け反る様に倒れる。

アルネリーゼ嬢がそう答えると同時に、わたしの四方がブレて、掻き消えた。

次の瞬間、わたしは居並ぶ背の高い本箱の間の通路で、水色のワンピースを纏ったアルネリーゼ嬢と相対していた。

周囲を取り巻く古びた本のカビ臭さに交じって香る、アルネリーゼ嬢の柔らかな香り。静けさの中で響く、アルネリーゼ嬢のワンピースの裾の衣擦れ。そして、アルネリーゼ嬢の少し震えた声が発する、図書室の少し湿った空気の震え。

眼の前に立つのは、今度は本物だ。


・・・そのメガネ、良いですね。

じゃあ、なくって。

まずは、話を聞かないと。


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