第13章
13.
王立ルトビア魔法学大学校の女子寮ともなると、普通に遊戯室がある。置いてあるのは卓球台、・・・ではなく、如何やらビリヤード台の様だ。(一応、温泉があったので卓球台とか、ビン詰めのコーヒー牛乳とか出てきても驚きはしないけど)
台はポケットのない四つ玉仕様で、壁には大きなキューラックが掛けられ、使い込まれたキューが並んでいる。
むぅ、これは、良い。
わたしも前世で学生をしていた頃は、大学の講義の隙間でこの手の店に通っていたものだ。自分のキューを持ち込む様な連中(この手の輩は、そもそも大学の講義には出ていないので、根本的に費やす時間数が違う)には勝てなかったが、そういう連中は流行のポケットばかり。古き良き四つ玉好きの連中の中では、わたしはそれなりの腕前だったと思う。
もう一度、こちらの世界で学生生活をエンジョイするのも良いかも。
・・・サキュバスの身では、入学は無理そうですけどね。
「うん、これは・・・、何もないわね」
部屋は、良い。
良いのだが、少なくとも怪しいところはなさそうだ。
ついて来たがるアイリーン嬢を宥めすかして如何にか部屋に止め、遊戯室の場所だけを聞き出すのには、それなりに体力(と、テクニック)を要したのだが。先程のお返しとばかり改めて愛でさせて貰ったのだが、如何やってもこうやってもアイリーン嬢の理性は奪えない。もう、サキュバスとして自信過失してしまいそう。何か、アイリーン嬢のわたしへの執着を強めて頂いただけの様な。
そこまでして頑張った割には、この遊戯室では余り収穫があったとは言えない。
まぁ、世の中、何時も努力に見合った成果があるとは限らない。不本意だが、一旦、アイリーン嬢の部屋に戻ろうかしら。
大人しく、もう寝ていてくれると良いのだけど。
「おや、見掛けないお嬢さんね?」
ビリヤード台の木製エプロンに腰掛けて(本当は、これはマナー違反。スレート面の水平を保つ為。でも、今のわたしは体重も軽いので、きっと大丈夫?)足をぷらぷらと部屋を見回していたわたしの背中に、柔らかな声が投げ掛けられた。
ゆっくりと振り返ると、出ました!
メガネっ子の幽霊!(因みに、眼鏡の縁は赤だ)
あ、でも足は、ちゃんと?ある。
「『俺の背後に立つな』とは言わないけれど、何時の間にそこに来たの? あなた、全然気配がしなかったのだけど?」
気配がしなかった、ではなく。今でも気配がない。
こ、これはちょっと、ヤバい系?
ゴーストとかレイスとか、少なくともスケルトンでもない。当たり前か。
気配はないが、部屋の気温が少し下がった気はする。
で、それって、まさか『本物』って事はないわよね!?
「ふふっ、やっぱりあなた、私が見えるのね? 皆、私の存在は感じるのだけれど、私の存在その物を見る事が出来る娘は、あなたが初めてよ。私はアルネリーゼ。あなたは誰?」
幽霊にはお似合いの?水色のワンピース。
薄いブラウン掛かった金髪は、肩の辺りで切り揃えられている。ジェニフィーさんが見せてくれた絵の中の少女そのままに、ブラウンの瞳がわたしを見つめる。
多分、アイリーン嬢に匹敵する美少女だが、この大学でも既に研究過程に進んでいるという彼女の年齢は、わたし(の外見)よりも大分、上の様だ。
うん、一応わたしの守備範囲は広いので、問題ないですけど。
少なくとも今は、それは問われていなかった。
「わたしはアルティフィナ。ジェニフィーさんたちに頼まれて、行方不明になったあなたを探しに来たの。女子寮の子たちは寮で幽霊を見たっていうから、何かあなたに関係があるかと思って寮の中を探していたの。教えてちょうだい、今のあなたには気配がないわ。今わたしが見ているのは、あなたの影。本当のあなたは何処にいるの?」
アルネリーゼ嬢に問いかける。
その時、アルネリーゼ嬢がわたしに見せたのは、何か悲しみだったのだろうか?
浮かべたその微笑には影がある、そんな気がした。
「そう・・・。でしたら、図書室に来て・・・」
そう言い残すと、メガネっ子もとい、アルネリーゼ嬢の影は、ふっ、とかき消す様に消え去った。
・・・これは、微妙だ。
本人が言うのだから、そこにいる、若しくはそこに、何かがある。
女子寮の女の子たちが見た幽霊騒ぎの原因が彼女なら、彼女はいったい図書室で何を?
だが、素直にそこに行くのは、飛んで火に入る何とやら。
まぁ、行くしかないわよね?
一応、お仕事(かなり趣味)だしね。




