第12章
12.
お湯に当てられた(事になっている)女子寮の女の子たちを介抱して、皆、それぞれに割り当てられた部屋へと帰す。
華奢なわたしには、かなり重労働なんですけど。
アイリーン嬢に嗾けられて、きゃあきゃあとわたしに抱きついてきた辺りで記憶が定かではなくなっているはずで、その後の(勿体無いのか幸せなのかは微妙だけど)おそらく生涯最高の体験は記憶に残されていない。唯一わたしの腕に絡み付いたまま、離れなくなっているアイリーン嬢を除いては。
しがみついてないで、手伝ってほしいんですけど。
因みにサキュバスというのは不便なもので、幾ら女の子の相手をしても物理的にはまったく得る物がない。と言うか、ほとんど無償奉仕に近い。わたしが元男でなかったら、もし、正規?のサキュバスだったら、女の子の相手なぞ見向きもしなかっただろう。
それはそれで事実なのだが、アイリーン嬢に依るわたしの変態認定は、わたしとしてはかなり不本意ではある。
べ、別に男だって大丈夫よ!一人だけだけど。
「お、終わったわ・・・」
ようやく終わった。
重かった。地味に。
簡単に言うと、女子高生が女子大生を運ぶ様なものなのだ。
もう、面倒なので、裸のままそれぞれの部屋のベッドに放り出してきた。脱衣所に置きっ放しの洋服は、意識が戻ってから自分で回収して下さい。
「お疲れ様、アルティフィナさん。大変でしたね?」
そうよ!
誰がどの部屋の住人なのか道案内して、しかもマスターキーでそれぞれの部屋の鍵を(本人の了承なく)開けてくれなければ、それはわたしだって裸の女の子を背負って路頭に(正確には女子寮の廊下で)迷ったことだろう。
しかし!
王家の子弟でなくとも、サキュバスだって十分に華奢なのだ。
通常は肉体労働と肉体奉仕はグレンの役目だ。
まじで、グレンを召喚しようかとも思ったが、裸の女の子たちを背負わせる気にもなれず、自分で働いてしまった。
「・・・それで、女子寮に出る幽霊って、どの辺りに出るんですか?」
ようやく、アイリーン嬢の部屋に戻ってきた。
時刻は既に深夜、一日が26時間もあるこの世界でも、もう日付の変わる頃だろう。アイリーン嬢の部屋の壁紙に描かれた月は、大分その高度を上げいよいよ天空に掛かり、さわさわと風に揺らめく木々を照らしている。
実際に誰かが遭遇して、わたしを起こしに来てからの対応でも良いのだが、このままアイリーン嬢と朝まで同室で過ごすのも微妙だし。少なくとも今夜は皆、たとえ幽霊がベッドの枕元に立っても起きない位には、お疲れのはずだ。
アイリーン嬢を除いては。
つくづく、不条理だ。
「まあ。あれだけして、まだ足りませんの? それでしたら私が・・・」
本来、サキュバスは夜行性というか、睡眠自体を必要としていない。普段はグレンの生活に合わせているだけで、寝なきゃ寝ないでも問題はない。人間より高い魔力を持ち、24時間(こちらでは26時間)働ける、人間より遥かに自由度の高い身体を持つ魔族が、人間より高度な魔法体系に行き着いているのは道理と言っても良い。
「・・・結構です。そうではなくて、これは仕事ですから。幽霊の目撃場所に傾向とか、あります?」
この時間帯は、どこそこ、とか特定して頂けると楽なのだが。まずはその幽霊の正体を、見極める必要がある。正直なところ、本物の?幽霊は専門外だが、幸いにして前世でも今世でも、そういうのにはお会いした事がない。もちろん、メガネっ子の幽霊も見た記憶はない。代わりに魔物の一種である所謂ゴースト、レイスとか。スケルトンとか、そういうのは、まぁ、知っている。会いたい訳でもないけど。因みに今朝会ったあのおじさまは、所謂デュラハン。ゴーレムくらいなら何処の迷宮にもいるかもしれないが、本来デュラハンは準ボスクラスだったりする。何であんな、入り口付近にいたのかしら? 居てくれて助かったけど。
「残念ですけど、皆が見たとか聞いたとか言っている場所は、まちまちですわ。えっと、廊下の角を曲がる女の子の後姿を見て、自分も曲がってみるけど誰もいなかった。食堂の隅から笑い声みたいなのが聞こえる。脱衣所の隅で光が瞬いた。遊戯室で話し声がして、扉を開けてみると誰もいない。そんな感じですわ」
向かいの自分のベッドの淵に腰掛けた、アイリーン嬢が首を傾げる。
まだ幾分水分を含んだ、美しいピンクがかった金髪が揺れる。
若干、その性格が捻くれているだけで、実に美しい。
わたし好み、ではある。
寧ろそれが、問題なのだが。
それは、それとして。
ふむ。何処の廊下か分からないが、女子寮の女の子たちをそれぞれの部屋に送ったので、ほぼ全ての廊下を踏破したはずだ。食堂と脱衣所も制覇済み。今の話だと、残るは遊戯室。
今夜は、まずは、そこからかしら。
さぁ、お仕事(半ば趣味、だけど今夜は趣味の方は、もうお腹いっぱい・・・)の時間よ!




