第11章
11.
人の業は、侮れない。まして、本当に自由は無いのかもしれないが、金銭的には何不自由なく育ったはずの王族ともなれば、見た目は幼気な中学生でも(中身は大学生で問題ないはずだ、多分)、見た目は純情可憐な(自分で言うと、いくらわたしでも、多少の気恥ずかしさはある)女子高生を(今世では魔族に生まれたので、外見と実年齢はまったく一致していないが)弄ぶ位はお手の物だ。
あぁ、恐ろしや、誉れある聖ルトビア王国の将来は、やがてこのお嬢様の様な危ない娘とその同類の貴族たち(更に度を逸した変態に違いないと確信する)に託さざる得ないのだ。
人事ながら、この国の非公式な一国民として杞憂に値する。
「アルティフィナさん、あなたは人間ではありませんね? 本当は魔族、なのでしょう?」
わたしの左手に絡み付いたアイリーン嬢が、そう耳元で囁いた。
獅子の口を模した湯口から溢れたお湯は、大浴場の湯船を満たし、淵から溢れていく。所謂掛け流し。わたしもアイリーン嬢も肌を穂照らし、ぐったりと湯船の淵に背中を預けているが、お湯に当てられたというだけでもない。
王城の地下にある、王立ルトビア魔法学大学校女子寮の大浴場。
押し寄せる女学生たちを撃退するべく、已む無く『誘惑』の能力を解放せざる得ない事態に追い込まれた訳だが、死屍累々と浴場の床に横たわる、あられもない姿の女の子たちの中にあって、わたしとしては最も効果を期待したかったアイリーン嬢だけが元気だ。
世の中理不尽よね・・・、知ってはいたけれど。
「何故、そう思うんです?」
パシャン、とお湯が波を打つ。
アイリーン嬢の場合、この国の建国王の一族が受け継ぐ高い魔力を感じるものの、わたしの『誘惑』に掛かっていない訳ではなさそうだ。普通は理性を飛ばされると、冷静な判断力を失ってしまう。たとえ自分の周りに無数の女の子が裸で意識を失っていても、なんら違和感を感じなくなるものだ。まして、わたしの正体に言及する余力は、ないはずなのだが。
「ふふ。それは秘密です。それより、お願いがあるのです。このお仕事の成否に関わらず、私の友達になってほしいのです・・・。私はアルティフィナさんも知っての通り、この国の第四皇女です。皇女も四人目ともなれば、求められる役目は一つ。この国にとって有益な貴族の妻として降嫁し、戦略結婚の道具となる事。その事自体は、私も王族として生まれた以上、嫌々ながらも納得はしています。ですが私としては、どうせ結婚し残りの人生を共に過ごすならば、ちゃんとした相手を選びたい。来月、私は三人の貴族の殿方とお会いする事が、決まっています。アルティフィナさんには事前に彼らと接触し、彼らの人となりを探ってほしいのです。何なら、それぞれの方と寝て頂いて、比較をして頂く方が・・・」
人間には貴賤に関わらず、相応の悩みというものがある。それは魔族だって、似た様なものではあるが。
とは言え。
「さ、最後の部分は、却下です、絶対。わたしは男は嫌いなんです」
ダメなものは、ダメだ。生理的に受け付けない。
他の女の子たちの『誘惑』効果が切れ出したのか、何人かが如何にか上半身を起こし、ぼおっ、とした感覚を拭い去ろうと頭を振っている。
「そうなんですか? 女の子同士が良いなんて、アルティフィナさんは変態さんだったのですね? 分かりました。ジェニフィーさんが、アルティフィナさんには素敵な彼氏がいると言っていたので、魔族の方ですし、その辺は気にしないのかと思っていたのですが」
如何やら、わたしは変態として納得頂けました・・・。
グレンは、あれは例外。兎に角、気にするのだ。
はぁ。まぁ、グレンにも変態疑惑があるし、今更だが。
「では、通常の調査の方だけで。但し、もし私の意にそぐわない殿方の元に嫁ぐ事になった場合は、アルティフィナさんにも私の専属メイドとして、一緒についてきて頂きます。アルティフィナさんに慰めて頂きますので、毎晩」
ははは、はぁ。
就職先、見つけました!
でも、わたしは高級珈琲専門店の経営者なので、そんな就職先はいりません。無事に『メガネっ子幽霊?を探せ』クエストをクリアして、アイリーン嬢の魔手から逃げなければ。




