第49話 変態が発動しない世界はこそばゆい
コトッ。
何かの音が聞こえてきて目を覚ます。
「あ、起こしちゃった。ごめんなさい」
目の前には、月影彩芽が制服姿で立っている。寝起きの頭じゃ、なんで彼女が俺の前に立っているのか理解に苦しんだ。
ここはどこ? 私は誰? なんて一瞬だけ記憶喪失になるが、ものの数秒で脳の記憶細胞が働き、昨日までの出来事を俺に伝えてくれる。
そっか。俺は昨日、彩芽の家に泊まったんだな。それで、彼女が俺の寝ていたベッドにインして来たから、俺は理性を保つためにソファーで寝ていたと。
ソファーの前にあるセンターテーブルに、湯気の立ったティーカップが二つ置かれていることから、俺が目を覚ましたきっかけになったのは、このティーカップってことかな。
「いや、全然、全然」
彩芽の謝りに対し、なにも気にしていないことを伝えてから起き上がる。「いてて」なんておっさん臭い声が出ちまった。あかん。人間、ちゃんとした布団やベッドで寝ないと身体を壊してしまう。
「今、何時?」
「朝の5時」
「めっちゃ早朝じゃん。いつもこんな時間に起きるのか?」
「お、起きないよ。今日はだって……その……私も眠れなかったし」
な、なんだよ、その反応。いつものドM発動じゃなく、ただただ美少女が恥じらってる姿とか俺に効果抜群なんだが。
「昨日、こっちのベッドに来た瞬間に寝ていた気がするが?」
「じ、自由くんがどっか行ったあと、眠れなくなったの」
え、なんだよそのかわいいセリフ。俺がいないと眠れないとか。そんなこと言われたら嬉しいんだけども。
「自由くんは、ソファーでがっつり寝てたみたいだけど」
少し拗ねた声を出す彼女。なんなの? この雌豚。朝はこんなにも可愛いの? 昨日、あんだけ雌豚を発動してたのに、今はただの美少女を発動しておられるんですが。
「お、俺だって、ドキドキして寝れなかったっての。1時間も寝てないくらいだぞ」
「ほんと?」
「ほんとだっての」
「そ、そっか」
そこで沈黙が流れる。なんだか妙にピンクでこそばゆい空気が流れている気がする。おいおい、相手は雌豚さんだぞ。なのにこの空気はなんだ。まるで、ラノベのヒロインを前にしたかのような、そんな感情が湧き起こってくる。
「あ、えっと、アールグレイティー淹れたから、の、飲んで」
「あ、ああ。いただきます」
女の子とのこんな空気に慣れてない俺は、ぎこちなく彩芽が淹れてくれたアールグレイティーを体内に含む。
「おいしい」
「そ。良かった」
そう言いながら彼女も自分で淹れたアールグレイティーを飲み、ご満悦の様子。
「料理は壊☆滅☆的☆じゃなかったのか?」
「紅茶くらい淹れられますー」
ぶぅと拗ねる彩芽を見て、ケタケタと笑ってしまう。そんな光景が妙に恋人チックで変なドキドキを体験しちまう。
そんな俺とは別に、彼女の方はアールグレイティーを飲む度に、目をパチパチとさせ、こっくりと船を漕いでいらした。
「眠たい、よな」
「う、うん」
眠気覚ましのアールグレイティーのはずが、眠気を促進させてしまったらしい。流石のアールグレイティーも、寝ていない人間の覚醒には効かないのかもしれないな。
「少し眠ったら? まだ朝早いし、起こしてやるよ」
「自由くん、は? 眠くない?」
「俺は彩芽が淹れてくれたアールグレイティーで目が覚めたから」
「ふふ。自分くん、優しい、ね」
そう言いながら、羽みたいにふわりとこちら側に倒れてくる彩芽。そのまま俺の膝に頭を着地させてくる。
「ちょ!? 彩芽さん!?」
なんで俺の膝で寝んだよ。こんなもん、心臓に高負荷がかかちまうだろうが。なんでドMの雌豚が今回は攻撃的なんだよ。
しかし、こちらの焦りとは裏腹に彩芽はぐっすりと眠ってしまわれた。
「……ったく。そんなぐっすり寝られたら、起こすこともできないじゃないか」
学園の三大美女が俺の膝で眠るなんて、なんともまぁ役得な展開を頂いているんだ。神様に感謝して、今の状況を受け入れよう。
しかし、今回はなんの変態も発動しなかったなぁ。こんな日もあるんだな。とか感心して、彼女の寝顔を見守る。
「──ッ……」
その寝顔があまりにも美し過ぎて、ついつい照れてしまい、顔を背けてしまう。
「ほんと、黙ってたらとんでもない美少女だよ、彩芽は」
しかし、なんだ。膝になにかが乗っかっているというのは、なんとも心地良い気分になる。あれだな。飼い猫が主人の膝に来るあの感覚に近いのかな? まぁ、今回は豚さんだけども。
あー、心地よい。温もりが丁度良くて、なんだかふわふわする──。
♢
雲に包まれた感覚から一変、ゾッとしてしまう。
カッと目を開けると、まだ俺の膝では超絶美少女な豚さんが、心地良さそうに眠っていた。
「やべっ。寝ちまった」
やばいやばいやばい。と焦りながら、今、何時かをスマホで確認する。
「──ぷっ。あっはっはっ!!」
あー、やべー、ちょーウケるー。焦ってた自分がバカらしくなる。
「──? 自由くん?」
俺の高笑いに彩芽も目を覚ましたようだ。
「彩芽。見てくれよ、これを」
俺はスマホを彼女に見せた。
「えっと……」
「1111!! フィーバーだぜ、おい!!」
「11時11分はフィーバーなの?」
「超ご機嫌だぜ」
あ、はい、完全なる寝坊です。




