第46話 ラノベ展開は意外と起こりえる。
「すっげー、でっけー」
中核都市の駅直結のタワーマンション。その玄関口で見上げた時、ついつい田舎者が都会のビルを初めて見るかのような感想が出てしまう。
「行こ」
そんな明らかに金持ちですよーのマンションに堂々と入って行く月影さん。以前、金持ちかと尋ねた時に、「ぼちぼち」と答えたのは本当だったみたいだな。つうか、これはぼちぼちレベルなのだろうか。
月影さんの期末テスト赤点回避のため、俺が彼女の勉強を見ることになったのは良いんだが、そこで問題になったのが勉強場所。放課後の学校は避けたかった。ただでさえ、最近、学園の三大美女と絡んでクラスメイトに睨まれてしまっているってのに、そんな学園の三大美女様と放課後残って勉強しているのを見られたら睨まれるだけでは済まなくなるやもしれん。
最近のファミレスは長時間の勉強を禁止しているし、図書館は学校からは少し遠くて不便だ。俺の部屋は……簡単に女の子を入れるというのも気が引けるし、ウチのカフェで勉強かなぁと思っていたところで、だ。
「私の家でも良い?」
そんな提案を月影さんがしてくれた。
そんなに簡単に男を入れて良いのだろうかと思ったが、むしろ月影さんてきにはそっちの方が良いみたい。月影さんが良いのなら、と彼女に引っ付いて家までやって来たというわけだ。
タワーマンションになんて初めて入ったが、エレベーターが長い。異常に長い。沈黙が続くエレベーターの中でただひたすらに階数が上がって行くのを見守る。エレベーターに乗ると階数を見るのってあるあるだよね?
最上階に到着し、高級感のある廊下を歩くと、『月影』の表札を発見。家の扉を月影さんがカードキーを使って開けた。
玄関は広く、ここだけで友達とパーティー出来そうな広さである。なぁんか高級そうな絵画や壺が玄関に置かれているぞ。それだけでウチの店が買えそうな気がするのは気のせいであってくれ。
序盤から高価な物に圧倒されたので慎重に家の中へと入る。
「ホテルかよ」
つい言葉が漏れてしまう。
リビングは自分の想像よりもウンと広く、まるでホテルのスィートルームのようであった。
「適当に座って」
「適当っつったって……」
このでけーソファーに座れば良いのか、そのでけーダイニングテーブルに座れば良いのか、どっちなんだいっ。
「座らないの?」
月影さんがソファーに座ったもんだから、俺もそちらに座らせてもらう。
「──なぁ月影さん」
「なに?」
「俺には月影さんがぼちぼちのお金持ちじゃなくて、めたんこ大金持ちに見えるんだが」
「自分ではわからない」
いや、それはわかるだろ。
「でも、一つだけわかるのは、お金を持っているのはお父様とお母様が才能で稼いだから。決して私が稼いだものではない」
「だから──」と彼女は教科書とノートを取り出し、俺に見してくる。
「私はお父様とお母様に恥じないように赤点を回避させたい。そして、堂々と胸を張って降井くんの店に貢献し、お父様とお母様に貢献できたことを話したい」
月影さんの思いに少しばかり胸が熱くなっちまう。
そういう考え、俺は嫌いじゃないぞ。
「それじゃあ、お父さんとお母さんに自慢できるくらい、花丸満点目指してがんばろう」
「はい。お願いします」
こうして俺と月影さんの勉強会が開始した。
♢
「んほぉん……♡ んもぉぉ♡ らめぇぇ♡」
あ、うん。なんとなぁくこうなることは予想できてましたよ、はい。
月影さんの勉強を見ること数時間。別にSっ気出した覚えはないんだけど、勉強があまりに理解できなかったのか、彼女の脳に負荷がかかってドMスイッチオン。そのまま快楽モード突入となりましたとさ。さっきのちょっぴり熱いシーンはなんだったのか。両親が見たら泣くぞ。
「はぁ……休憩しようか」
「え!?」
月影さんは目を見開いて俺に詰め寄ってくる。
「なんで……なんで勉強やめるって言うの!? 私のなにがいけなかったの!?」
「全部いけないから休憩すんだよっ!!」
「直すから……直すからぁ……私、ちゃんとできるようになるから、そんなこと言わないでぇ」
「メンヘラかっ!! なにを急にヘラり出したよ、おい。つうか、俺も疲れたから休憩させてくれ」
「ねぇお願い。最後に一回だけ。一回だけ、しよ♡」
別れを決意したカップルの最後の営みみたいなやり取りしてきやがる。んで、最後と言いながら結局、身体の相性が良くてやっぱり別れるのをやめる。それの繰り返し。ふん、リア充めっ。
「休憩しようぜ」
「降井きゅん……お願い、いじめて……♡」
勉強を教えていたはずだよな、俺。こいつの中で勉強がいじめになってドM発動になっちまったか。悪循環だな。
「あやめ。俺に意見するな。次の言葉でお前の運命が決まるぞ(ドSボイス発動)」
「ひぃぃ♡ しゅ、しゅみましぇん♡ 意見しましぇん♡ しましぇんから、もっと私にあなた様の声を──」
「今し方意見するなと言ったはずだ。死にたいのか、この雌豚がっ!!」
「ぶひゅぅぅう♡ たぎる♡ たぎりゅゅゅゅ♡♡ あなた様の声でこの雌豚はたぎりましゅゅゅゅ♡♡♡」
休憩しようと提案のためのドSボイスだったが、これが彼女の勉強促進剤になっちまった。
覚醒を果たした彼女のペンは止まらなかった。
出来上がったノートを見ると、ほとんど間違っておられるので、ドSボイスで頭が良くなるわけではないみたい。
♢
「むぎゅ……」
流石に休憩なしの勉強はきつかったらしく、限界を超えた月影さんにドMの片りんは見当たらず、ただの疲労で机に突っ伏した。
「おつかれさん。今日はこの辺でやめておこう」
「あ、ありがとう」
普通のお礼を言っただけなのに、ドMを超えた先だから、めっちゃ淑女が礼を言ったみたいに思えてしまう。こりゃあれだ。ヤンキーがずぶ濡れで捨て犬拾って良い奴とか思ってしまう、あの感覚に近いのだろう。ジャイ○ン映画版でめっちゃ良い奴現象だね。
「──って、もう8時になってんじゃん。やっば」
集中しすぎて時刻は既に夜の8時を回っていた。
「結構、がっつり勉強してたんだな。月影さんのお父さんとお母さんが帰ってくる前にお暇させてもらうわ」
「お父様とお母様は来週まで海外だから帰らない」
「あ、そうなの」
「そう。だから別に急ぐ必要はない」
「でも、両親が帰って来ないからって長居するのは失礼だし、俺も晩御飯食べないとだから帰るわ」
「そう……」
俺が帰ると言った時の月影さんの顔は少し寂しそうであった。
しかし、帰らないでどうするんだって話になる。まさか泊まるだなんてことにはならないだろう。恋人でもない女の子の家に泊まるなんて、そんなラノベ展開あるかよ。
「じゃあ──って……」
バチバチバチ──。
ふと窓の方からなにかが当たる音が聞こえてくる。
窓の方へ行くと、強い雨が降っているの暗がりでもわかってしまう。
「雨、えっぐ」
「降井くん。電車止まってるみたい」
「へ?」
「ほら」
月影さんがスマホを見してくると、確かに乗って来た電車が止まっていることを公式サイトが発表していた。
「泊まっていっても良いよ」
あははー。ラノベ展開あったわー。




