Signal.4
「メーデー、メーデー、メーデー。こちらMC3400、MC3400、MC3400。メーデー、MC3400。クロノス・レアー間のワープ中衝撃を感知、はじき出された。座標不詳、おそらく未探索エリアと思われる。捜索、救助されたし。乗員1名、メルテ・コナーズ。シグナルはこのままループ発信し、乗員は生命維持のためコールドスリープに入る。くり返す。メーデー、メーデー、メーデー…………」
それはメルテの初仕事が無事に終わり、休暇をとって帰還する旅路で起こった。
開拓チームは辺境惑星に建造されたコロニーを拠点としている。メルテはまず卒業と同時にプライベートシャトルで辺境惑星まで行き、そこから開拓船へと乗り込んだ。
二年弱という時間をかけて、開拓チームはテラフォーミング可能な新惑星の発見に成功。
宇宙ステーションを設置し、テラフォーミングプロジェクトを開始してからは、チームのメンバーは交代で長期休暇を取ることになった。拠点の辺境惑星に戻ったメルテは、再びプライベートシャトルに乗って、宙域ワープ航行で帰途についたのだが。
ワープ装置のオートメンテナンスシステムの不備が原因だった。
座標もわからず捜索の手がかりをほとんど提供できないことを確認したメルテは、燃料をできるだけ長く保つためオートリサイクルシステムを起動して緊急事態用のシステム運用にシフト、自身は生命維持のためコールドスリープへ入った。捜索が長期にわたることを見越した、冷静な判断だった。
メルテのプライベートシャトルがロストしてすぐ、クロノス・レアー間のワープは封鎖され、原因究明のための調査が開始。結論が出て、調査チームはあまりの皮肉に言葉を失い、関係者以外には詳細が伏せられた。
けれどどこから漏れたのか、メディアはセンセーショナルにこの事故を騒ぎ立てた。ワープ開発の第一人者たる博士の愛娘が、当のワープ事故で行方不明。
博士の憔悴ぶりは目も当てられないほどだった。
シオンがそれを知っているのは、メルテからの救援シグナルがシオン個人宛にも届いていることを知らせるために、会いに行ったからだ。
完全なプライベート回路で繋がった通信デバイス。メルテが卒業前にくれたものだった。対になっているデバイス同士でしか通信することはできないが、代わりにどんなに離れていても繋がる。片方が壊れたら、もう片方はそれを感知することもできる。
シオンのデバイスに届いたのは、全宇宙共通の救難通信に流したSOSと同じ内容だった。しかし救難通信の方は規約で回数や間隔が定められていて、いわゆる時効も存在する。
シオン宛のものは内容こそ同じだが、ループ発信かつ半永久的だ。
懸命な捜索が続けられたが、メルテのシャトルは見つからなかった。
事件性がないことが明白な事故による行方不明者の捜索は、公的機関の手を借りられる年月が5年と定められている。人類が宇宙へと生活の場所を広げてから数百年、行方不明者はおびただしい数に上り、日ごと増え続ける。すべてを探し続けることなどできないのだ。
博士は公的機関の捜索と並行して、私財を投入し多数の民間企業にも捜索依頼をかけた。卒業後そのまま乗組員となったシオンのサルベージ船にもだ。
けれど遭難位置がわからない以上、捜索範囲は全宇宙に及ぶ。依頼自体を断られることも多かったようだ。
シオンのサルベージ船も、小さな船には手に余るとして、船長が断ろうとしていた。船長の判断は正しいとわかっていたが、シオンの説得に応じてくれ、最終的には依頼を受けた。
年月が経つと、捜索は次々と打ち切られていく。博士はシオンの持つ通信デバイスに継続して届くシグナルを聞くために、度々シオンのもとを訪れた。このシグナルが届く限り、メルテはどこかで宙を漂っているのだ。冷たい眠りについたままだとしても、命は燃えている。
捜索の傍ら、博士は新しいワープの開発を急ピッチで進めていた。その姿勢は鬼気迫るもので、寝食を忘れるほど打ち込んでいるらしい。会うたび進む開発と反比例するように、博士は目に見えてやつれていった。
メルテの船が行方不明になってから、7年後。当初の目標よりも5年早く、博士の開発した強制帰還ワープは実用化された。従来のワープは定点座標同士をつなぐもので、双方に装置が必要だった。けれど強制帰還ワープは読んで字のごとく、帰還座標を設定しておけばどんな場所からでもワープできる。これは行方不明者の捜索だけでなく、サルベージや開拓においても非常に有用であることは、わざわざ説明されるまでもなかった。
そして博士は、まるで燃え尽きたかのように体調を崩し、ベッドの住人になっていた。
呼び出されたシオンは、かつてメルテに招かれたこともあるコナーズ家に来ていた。博士の寝室でメルテと同じイエローの瞳に見つめられ、居住まいを正す。
博士はベッドの上で体を起こし、重ねたクッションにもたれている。表情は優れず、言葉を探しているのか体調が思わしくないのか、シオンには判断がつかなかった。
「博士、体調はいかがですか」
やがて問いかけたシオンに、博士は少し微笑んだ。
「……今日はだいぶいい。だから君に来てもらったのだ」
話した後、博士は浅い呼吸を数回繰り返した。ベッドのすぐ脇の大きな窓の方へ顔を向けてしまって、表情が見えない。
博士はそうして表情を隠したまま、本題に入った。
「シオン君。メルテを探すのを、あきらめてもらって構わない。これまですまなかった」
「どういうことですか」
シオンは呼び出されたときから少し予感はしていた。だからそう驚かずに聞き返した。
博士がゆっくりと首を巡らせて、シオンを見る。
その顔には疲労と、老いと、そして諦めが色濃くあらわれていた。
「見ての通り、私はもう長くない。もう娘には会えないだろう。君も……もう何年になる? 君の人生を歩んでいいんだ」
博士がシオンのことを案じてくれているのはわかった。この数年間で、二人は互いに歩み寄り、戦友のような気持ちを抱くようになっていたからだ。
シオンももう25歳になった。この先の人生を考えるのに必要なものは、少しは得てきているはずだ。
「それは俺が決めることです」
シオンはきっぱりと言い切った。博士は顔を歪める。責任を感じているのだとしたら、そんな必要はないのだと伝えたかった。
シオンもそのための考えは、すでにある。
「俺も博士に話があります」
「なんだね」
問い返した博士の呼吸が少し浅かった。刺激しては体に障るだろうかと気遣いながら、すぐに本題を告げることにする。
「折り入ってお願いが。こちらの研究所の所長さんに、取り次いでもらえませんか」
シオンは手首の端末で画像を投影し、博士に見せた。
博士がみるみる目を見開く。
「シオン君」
博士の声には焦りが滲んでいた。それだけ大きな決断だった。
「止めても無駄ですよ。もう決めたことです。俺は何年かかっても、必ずメルテを見つけます」
シオンはメルテと約束したのだ。シグナルが届き続ける限り、探すのをあきらめはしない。
シオンの職も、おあつらえむきにサルベージ船のパイロットだ。転職する気もなく、船の業務をこなしながら捜索を続けることができる。
たとえ、何年かかろうとも。
「しかし、君……この措置には莫大な金がいるぞ。私ももう支援できない」
博士の心配は現実的な方向まで及んだ。今回の強制帰還ワープの研究費は博士の私財から出されていて、あまり残っていないという。しかし、シオンはそれにも答えを用意していた。
「ご存じありませんでしたか、俺は両親の遺産に手を付けていないんです」
遺産と、学生時代からの貯金とを足せば、シオンがこれから受けようとしている特別な措置をしても、いくらか余る。
ずっと重荷だった遺産の使い方として、これ以上のものはない。シオンの人生の為に使うのだ。
博士は震える手で顔を覆った。
「そうか……メルテ、メルテを……」
頼むとは、言われなかった。
博士は最期まで、理性的な人だったのだ。
親子二人分の約束も背負う覚悟があったシオンは、逆に博士にとって晩年の重荷になってしまったのかもしれなかった。
寂しかったけれど、シオンはもう決めていた。たとえひとりでも、先へ進むと。
Signal.4 時と黄金の天秤




