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第72話 『神』

 国境であるがゆえに、この土地には『完全に領内に入れてもてなすわけにもいかないのだが、それなりに丁重な扱いをしなければまずい』といった相手を遇する部屋も存在した。


 それは国境の防衛線である城門の一部にある狭い部屋であり、一対一でテーブルを挟んで席に着くのが精一杯ながら、それなりに質の高い調度品が備え付けられた場所だった。


 すでに宵闇があたりを満たしているが、この部屋には窓がなく、室内照明が白く安定した光で中を照らしており、外の時間とは切り離されているかのようだった。


 部屋の奥……扉から遠い位置で、いい木材を使ってはいるが構造自体は簡素な椅子に腰掛けるのは神官の代表者だ。


 平民がイメージするような『偉い神官』は、だいたい『ヒゲを長く伸ばした老齢の男性』であり、『たっぷりと布を使った、袖も丈も長すぎる衣装を着ている』といった絵も付随するだろう。


 しかし今ここにいる神官は、せいぜい三十代といった年齢であり、若々しく鍛え上げられた腕を剥き出しにするような、袖の短い神官服を身にまとっていた。

 僧侶というよりは戦士といった風情は座る姿にも現れており、姿勢はいいのだが『ガチガチ』という印象ではなく、重心も呼吸も安定し、緊急事態があればすぐさま動き出しそうな動的な雰囲気を持ち合わせている。


 瞑目し腰掛けていたその神官が目を開く。


 瞳の色は、鮮やかな黄金。


 剃髪してはいるが、長い任務でもこなしていたのだろう、微妙に生えた毛の色は黒であった。


 神官が目を開けた直後、部屋の扉が開く。


 入って来たのは赤毛の若々しい美丈夫……ソーディアン公コンラートであった。

 彼は伴って来た者に指示を出すためだろう、扉の外へ首だけで振り返り、なんらかの声を発する。


 剃髪した神官の肩がピクリと動き……


「……ふ」


 神官の口元が、わずかに笑んだ。


 ……扉が閉められ、コンラートが神官の対面に腰掛ける。


 コンラートの座る姿は『不遜』であった。

 背もたれに背をあずけ、脚を組む。


 服装は『学園都市風』のスーツである。

 ソーディアン家のイメージカラーである『赤』の布で織られてはいるものの、これは『最新のトレンド』の服装であって、貴族として客人を遇するには少々ばかり『軽い』印象の格好と見られるものだった。


「歓迎はされていない様子ですな」


 コンラートが服装、態度で示したとおり━━着替えのための時間を長くとったのもふくめて、すべての要素で『お前を歓迎しない』という事実が示されていた。


 しかし、コンラートはこう述べる。


「いえ、そのようなことは。我らはともに神のしもべです。ましてや聖務(せいむ)であると報告を受けております。私といたしましても、できうる限りの協力をしたいと考えておりますよ」


 貴族の腹芸だった。

 特にこのあたりの地域に住む……カリバーンやグリモワールの貴族は、こういったふうに『言外のメッセージ』を忍ばせてくる。


 言質をとられないように、という配慮ではなく、『言葉に騙されるようなやつならそれはそれで与し易い』ということで、態度と言葉、表情をばらばらにすることで、『相手がどの程度の理解力を持っているか』を量るようなことをする。


 ……『量るようなことをする』という時点で相手に対し無礼なのだが、ようするにコンラートの本意は、『歓迎していない』で間違いがないのだ。


 この神官にとっては不思議なことだが、これだけ待たされ、これだけ失礼な探り方をされ、これだけ不遜な姿勢をとられているというのに、言葉と表情でころりと騙されてしまう者も少なくない。


 特にコンラートの表情の作り方は完璧だった。

 内心がまったくうかがえない、というよりも……

 内心そのものがないかのような。

 感情というものを押し殺す時にどうしても出てくる『ゆらぎ』がまったくない。ただ単に定めた方針通りに動くだけの人形でも相手にしているかのような不気味さがコンラートからは発されていた。


「何を気にされているのかはわかりませんが、名乗り合うことぐらいはお許し願えませんでしょうか? 私としましても、神殿のみなさまとは懇意にお付き合いしていきたいと考えておりますので」


 神官はそこで、またピクリと肩を動かす。

 そして、また口元を軽く笑ませた。


「……これは失礼いたしました。ソーディアン公コンラート様。わたくしはしがない神のしもべが一人……カルロと申します」

「こちらの紹介は必要ないようですが、一応させていただきましょう。私はカリバーン王国公爵、ソーディアンのコンラートと申します。……さて、互いに呼び合うべき名もわかったところで、さっそくご用件をうかがいたいのですが」

「……とはいえ、聖務(せいむ)ですから。詳細は語れぬのです。公には領地に入る旨をご承諾いただければ、それで……このように対面する栄誉をあずかれるとは、望外の喜びではありますが」

「しかし聖務とは申されましても、領の治安をあずかる者として、何をするかは聞いておかねばなりません。グリモワールのアンダーテイル領で起きたような事件がこちらの領内で起きてしまうようなことは、避けたいのです」

「……」

「カリバーン王国に属する者として、王国内の治安には心を砕かねばならぬのです。どうぞご承知ください」


 グリモワール王国アンダーテイル領で起きた『事件』は、直近でもっとも大きな『神殿にとっての失敗』だ。


 何せグリモワール王家の者を追い回し、『魔王扱い』した挙句、取り逃し、学園都市に確保された━━というのが、大々的に伝わっている。


 ……『魔王扱い』。

 グリモワール王家に連なるリリティアという少女が魔王というのは、世間的には認められていない。

 それは『王家に連なる尊いお方が、神殿がいると吹聴しているだけの脅威存在のはずがない』という……言ってしまえばなんの根拠もないイメージ的なものにしかすぎない。

 だが世間ではそうなっている。


 ともあれその事件については、友好的な話運びを志す者であれば、話題に出すのを避けたいものだ。

 その逆であれば。

 ……『魔王』にまつわる事件を知っている上で、『聖務せいむ』と言われてなお全面協力を約束しないというのは、明らかに『協力の意思なし』と思ってしまっていい。


 だが、明言はされていない。


 ……これがカルロにとって非常に厄介なのだった。

 ここでカルロたちが『聖務』を断行してしまうと、『公爵が出張って話し合いに応じたにもかかわらず、話の途中(・・・・)でしびれを切らした神官が、無理に王国領土に入り込んだ』と見られてしまう。


 神殿は巨大組織だ。

 各国に多くの信者がいる。


 しかし、その信者のすべてが神官戦士のごとく神殿の意思で動くわけではないし……


 カリバーンとグリモワール、さらに学園都市にまで敵に回られると、さすがの神殿でも、かなり苦しい立場に立たされることになる。


 たかがいち神官を相手に公爵自らが話し合いのテーブルに着くという一手によって、神官戦士団は身動きがとれない状態にされてしまうのだ。

 ……【剣聖】ごときのとれる手ではない。おそらく【軍聖】の入れ知恵だろう。


 だが、それは。

 軍略家の策謀にしかすぎないのだ。


「ソーディアン公はどうにも、我らの信仰をご理解くださっておらぬ様子」

「……さて、そのようなことはないというのは、我が家から神殿への寄付金額を参照してくださればわかるはずですが」

「信仰は金では買えぬのです」

「……」

「二つの勘違いを指摘させていただきましょう。まず一つ。神殿は目的のためには自らの生存さえも度外視します。そして我らの目的は━━ふ。まあ『魔王の討滅』としておきましょうか。世界のための行為なのです」

「ご立派な目的です」

「そして二つ目。グリモワールとカリバーン、それに学園都市が敵に回ったとすると、神殿は弱小勢力と言わざるを得ません。神殿に祈る者は多けれど、神のために命をなげうつ者はそう多くはない。我らの神を信じる者を街でたずねれば、多くの者が名乗りでましょう。けれどそのために死ねと言われれば、多くの者が拒否しましょう。……それは正しいのです」

「……」

「けれど、我らはどこにでもおります」

「……」

「我らの強みは組織力でも政治力でも、軍事力でさえありませぬ。『神』のために命を捧げられる、神のために『その時』が来るかどうかもわからぬのに己を鍛え続け、神のために神官戦士であることさえ捨てて市井に混じって生きる者が……『その時』が来れば活動を開始できる強力な神のしもべが、そこらじゅうに存在することなのです」

「ふむ」

「そして……ああ、三つ目になってしまいますな。我らが真に仕えている『神』は、『どこか』にいるかもしれない(・・・・・・)神などではなく、この世に存在する尊いお方なのですよ」


 コンラートの呼吸が変わる。


 カルロは満足そうに微笑んだ。


「ソーディアン公、あなたは我らの尊きお方の目的に、邪魔なようだ」


 ……二度、殺意を向けてみた。

 けれど、二度とも、よそ見をしているコンラートには防がれた。


 肩をぴくりと動かして殴る気配を発しても、コンラートはそれらを完璧に防ぎきり、防いだことをおくびにも出さなかった。


 だからこそ、カルロは『この手段』を迷わずに選ぶことができる。


 ……『おそるべきこと』


 かつて、聖王が学園都市の王より聞かされた『異世界の話』。

 げにおぞましき、この世界の人には想像もつかないようなその手段……


「聖王よご照覧あれ! この輝きこそ、私からあなたに捧げる、学園都市陥落のための第一歩となるでしょう!」


 コンラートにはカルロの殺意がわかった。

 だが、その殺意がどのように発現されるのか、わからなかった。


 ……だから。


 カルロが服の下の何かを叩き……

 その『何か』が爆発的なエネルギーを発生させるその瞬間まで、動くことができなかった。



 ……爆発音が、宵闇の中にこだまする。



 三重城壁のうちもっとも堅牢たる外縁部の城壁が砕けるほどの衝撃が吹き荒れ……


 ……こうして、『何か』が轟音とともに、始まった。

七章終了

次回八章も描き上がり次第掲載していきます

引き続きよろしくお願いします

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