自分を見つめるとき
すっかり暗くなった公園に立ち尽くす四人を、時が経ちもう光り慣れた街灯が照らしている。
「そっか……そんなことがあったんだ」
もう春香の表情は先ほどまでの驚きのものではなく、どこか安心したようないつものおっとりとした顔であった。
「紗希を今まで、独りにさせたのは俺だ……どんなに謝っても、謝りきれない」
そう言って伸明は再び頭を下げた。蓮はそれを、違うというように首を振った。
「……いや、紗希と一番最初に再会したのは僕だ。なのに……今まで後回しにして」
「もう、いいんだよ」
そう囁くように言われた紗希の言葉に、三人は振り返った。
「もう、謝るのはよそうよ。そりゃ、色々なことがあって、すれ違いがあって、……でも、こうやって、また再びみんなで会うことができたんだからさ」
蓮は、それでもまだ謝りきれないというふうに紗希を見つめた。それを彼女は、「わかってるから」というようにまばたきをした。
「だから……暗い顔して、そんなこと言うのは、もうやめよう」
紗希の瞳には、もう寂寥の暗がりの欠片もなかった。蓮があの日、ファインダーの向こうに見た紗希の瞳とは違って、もう彼女はきれいな瞳で、この四人がまた再び集まるのを喜んでいるようだった。
「まさか……紗希ちゃんとまた会えるなんて……」
「春香ー! 私も会いたかったよ!」
紗希と春香は、二人とも夢中に歓喜の声をあげながら抱き合ったり飛び跳ねたり駆けだしたり、幼稚園以来の再会をあの時の頃の自分のように喜んでいる。その姿を遠目に見ながら、蓮は伸明に向かって呟いた。
「あのさ……伸明にも、謝らなきゃいけないことがあるんだ。抜け駆けしてしまったこと」
「いや……あのまま俺が春香との恋に走っていたら、どんなに卑劣なことをしてしまっていたのか。蓮には謝られるどころか、感謝してるんだ。やっぱり……自分の気持ちには、素直にならなくちゃいけない」
「伸明……」
果たして自分は、自分に素直でいれたのか。素直でいることが大切だと気づかせてくれたのは、春香であり、紗希であり、そして伸明だと、蓮は感じていた。
「蓮が紗希のことを口にした時……あの時のお前の言葉が、俺を我に返したんだ」
「……でも、そのことにいち早く気づいて、実際に行動を起こして、紗希を四人に戻したのは伸明じゃないか。伸明も紗希も春香も、今は立派な大人のようだ。だけど――」
「違う」
伸明は蓮の言葉を遮った。
「それは違うんだ。俺だって、今の今まで、本当に蓮の言葉がなければ、この四人の中で限りなく幼くてちっぽけなのは紛れもなく自分だった。蓮は本当に、お前が思ってるよりずっとたくましいんだよ」
蓮はそれでも、腑に落ちないような表情を見せるほかなかった。自分はいつも、誰かに気付かされてばかりだ。大人なんかじゃない。
「自分が大きくなったとか、そういうことは自分ではわかりにくいんだと思う。きっと、他人から認められることで、やっと大きくなったんだってわかるんだ」
「そうかな」
はじめそう呟いたときは蓮は遠くをぼんやりと見つめたままでいまいちわからなかった。しかし少し経って蓮はすこしずつ、伸明の言葉の表す意味がわかってきた。
自分は大人だとか、ある時点で他人に向かってそう言うことは簡単だ。しかしそれとは違う。自分を見つめるとき、自分が成長していることや、その成果というのは、まったくわかりにくいものなのだ。なのに周りの友人や同級生は、大人びたところや素敵なところばかり見えて、彼は自分より大人だと勘違いして、段々と置いていかれる自分を錯覚して焦ってしまう。それゆえ、ありのままの自分を表現できなくなるのだ。そんな青年期の暗がりにいる気持ちを、少年や少女はきっと経験したことがあるだろう。本当は……自分は、自分が思っているよりも、ずっと大きく成長している。
「……そう、かもしれないな」
思春期の闇から一歩抜け出したように感じた蓮は、清々しい表情で伸明のほうを見た。
「ありがとう」
「こちらこそ」
そう交わして二人は、また公園内を巡りまわる紗希と春香のほうを眺めた。




