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振り向いて

 大雨の中立ち尽くした次の日の土曜日、蓮は自分の部屋に閉じこもりただ過ぎていく太陽の行方を窓の外に見ていた。先ほどまで日差しの明るい昼過ぎを映していたのが、今はもう夕暮れになりかけていた。自己を嫌ったこの心に、夕の色は焦燥感をそそのかす。昨日の伸明の言葉が連をずっと責め続けている。


 ふいに蓮は立ち上がり、そのまま階段を降りて家を出た。舗装路にて夕日に向かって歩き出した。その先は駅までの方向、そしてその向こうには春香の家があった。

 不安と責任でがんじがらめになった蓮の胸は、助けを求めるように彼女の家へ出向いた。もう心の悲痛な叫びも、なだめる力が蓮にはなかった。


 ついに春香の家の前で、蓮は立ち止まった。彼女に対して迷惑ではないか、今になって蓮は躊躇いのために一人ぼっちで眺めている。しかし、もうやり場のないこの心をどこかに押し付けてしまう前に春香と何かを共有したかった。


 連絡していなかったからか、春香は驚いた表情をみせたが、少しの時間の後すぐに蓮を部屋に通した。


「どうしたの?」

 入って間もなく春香は蓮に問いかけた。

「……昨日のこと、本当になんて言っていいかわからなくて」

 俯く蓮に春香は優しく寄り添った。


「大丈夫。蓮の気持ちはちゃんと分かってるから」


 ……いや、知らないんだ。春香は蓮の内に潜む闇を知らないと、蓮は彼女のことをみつめた。


「蓮……いつものままでいいんだよ」


 蓮は目を見開いた。言った春香の瞳は蓮を包み込んだ。まるで「知らなくてもいいの」とでも言うように。



 そうだ……僕は、僕でいなければ。



 今までに伸明に対して抱いていた嫉妬の感情、春香への強引な好意を蓮は悔いた。蓮はその感情を肥やし過ぎたのだ。中学生、高校生と自分の背が伸びていくうちに、蓮は芽生えていった醜い感情をどうしようもなく野放しにしてしまっていたのだ。そのことに春香は気づかせてくれた。


「……ありがとう」


 つぶやいた蓮に春香は静かに、しかし大きく頷いた。彼女は大人だった。いや、大人とは違う。まだ伸びていく道に戸惑う蓮を、理解してくれる女性だった。


「……好きだ。春香のこと」


 夕日も落ちかけて薄暗くなった部屋の中で、春香はまた、目を逸らしながらも頷いた。


 もう、なんでも言えた。今度こそ、紗希のことを言うのだ。やっと言える。また楽しく、みんなが望んでいた四人の集まりが再開するのだ。


 そう思った瞬間、春香の部屋に携帯の着信音が鳴り響いた。蓮の携帯だった。見てみると、その電話は伸明の携帯からかかっている。

 一瞬、胸に突き刺さる嫌な思いがした。しかし、それは一瞬であった。大部分の希望を心に、蓮は電話を受けた。


「もしもし」


 少しの沈黙の後、伸明の声が聞こえた。


「ごめん……」


 その言葉の向こうには、電車の通る音が聞こえた。

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