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36話 八百長

 そうしているうちにモンスター達の準備が整い、試合が開始される。

 試合開始の号令を出した直後、大型バッファローと牙ゴリラがぶつかり合った。


「いけー! 頑張れー!」


 フラムや他の観客が応援する中、大型バッファローと牙ゴリラが戦う。

 二体のモンスターはどちらも攻撃と防御、回避の切り替えがはっきりとしており、野生のモンスターとは明らかに違う動きをしていた。


 攻撃と回避、当たってしまったら立て直しと、一進一退の激しい攻防をしている。

 調教されたモンスターならではのテクニカルな動きであった。


(こういうの見てると、テイマーとして戦ってみたくなるわね。今度、玖音使って……やるのは怒られるかな?)


 激しい戦闘を行っていた二体だが、その時、互いの攻撃がぶつかった反動で、牙ゴリラの方が大きく仰け反る。

 バッファローはその隙を逃さず、渾身のタックルをかました。

 無防備状態の懐にもろにタックルを受けた牙ゴリラは、大きく吹き飛ばされ、場外へと倒れる。


 直後、観客席から歓声が巻き起こった。


「よっしゃー! 勝ったぁー!」


 賭け事の為、バッファローに賭けていた客は大喜びをしていた。

 反対に牙ゴリラ側を応援していた客からは怒声や落胆の声が上がっている。


「よしよし、調子は大分戻っているみたいだな。これ、勝ち抜き優勝も狙えるんじゃないか? 次は、みんなも賭けなよ」


 都会だったビフレフトのコロシアムと比べると、ベルガは規模が小さく、選手のレベルも低かった為、一時期とはいえ、そこで若手エースを張っていたミーシェ・バッファローペアとは、明らかな実力差があった。


「そうね。ミーシェちゃん可愛いし、ちょっと賭けちゃいましょうか」


 勝算が高いとのことで、凛も少しだけ賭けることにした。


 その後も試合は続き、ミーシェ・バッファローペアは次々と勝利を収めて行く。




「次は決勝戦か。ほんとに優勝できそうね。あんな若いのに凄いわ」


 休憩時間、凛達はみんなでぞろぞろとトイレへと向かっていた。


「絶対優勝できる。もう確定してるようなもんだから、もっと賭けようぜ。有り金全部いっちまおう」

「流石にそれはねぇ」


 フラムが興奮気味に言うが、凛は難色を示す。

 優勝が目に見えていたとしても、全ての所持金を賭けるのは危険であった。


「今がツッパする時だぞ。このチャンス、逃すのは勿体なさ過ぎる」

「……フラムちゃんが持ち金全部スッた理由、分かった気がするわ。今後は一人でギャンブルするの禁止ね」

「ちょっ、それは勘弁してくれよー」



 喋りながら通路を歩いていたその時、横の通路の先から、微かに怒声が聴こえてきた。


「ミーシェ! 何故、負けなかったんだ!」


 何事かと思った凛達は、声がする先にあった部屋を覗いてみる。

 そこでは初老の男性がバッファローの調教師であるミーシェに向かって、怒声を浴びせている最中であった。


「さっきの試合で負ける取り決めだっただろ! これでは勝ち抜き戦のシナリオが滅茶苦茶だ」

「で、でも八百長なんて……」

「お前はまだ分かっていないようだが、ここにはここの仕来りがあるのだ。ベルガでモンスターバトルを続けたいというのなら、我々の方針に従ってもらう他ない。仕切り直して台本調整するから、次はちゃんと負けるんだぞ」


 ベルガモンスターバトル協会の会長の男性は、ミーシェに負けることを強要する。

 この勝ち抜き戦では、八百長が行われていたのだった。


「……できません。態と負けたら、応援してくれた人達に失礼です」


 ミーシェは震えながらも、自分の意見を曲げずに主張する。

 ビフレフトでは純粋な実力勝負で試合が行われていた為、そこで生き抜いてきたミーシェにとって、八百長は受け入れ難いことであった。


「身の程を弁えろ! いくら都会で活躍していたからと言って、お前はここではただの新人だ。無敗の王者が新人なんかに負けたらどうなるか、よく考えてみろ。彼らは我々が長年かけて作り上げたベルガのスターだ。絶対的なスターを置くことで、絶大な集客力と利潤を得られるだけでなく、モンスターバトル自体の人気を安定させることにも繋がっている。もしも、それが崩れでもしたら、その損失額は計り知れない。お前にその分の穴埋めができるのか?」

「……」


 莫大な金額の穴埋めなどできないミーシェは押し黙る。

 ベルガのモンスターバトルは規模が小さく、都市部のところより利益が出し難かった為、プロレスして盛り上げることで、少ないパイの中、利益の最大化を図っていた。


「協会としての命令だ。次の試合では、台本通りに派手に負けろ。従わないなら、今後一切協会としての支援は行わない」

「そんなっ」


 ベルガでのモンスターバトル関連の行事は、全て協会の主導によって行われている。

 協会の支援が受けられないというのは、実質ベルガのモンスターバトル界からの締め出しを意味していた。


「嫌なら従え。そうすれば、ここでの地位は保障してやる」


 ミーシェは黙って俯く。



 その様子を見ていた凛は声を潜めて言う。


「やらせしてたなんて悪質だわ。怒鳴り込んで助ける?」

「いや、あの子の顔見てみなよ。まだ屈してない」


 俯いていたミーシェだが、その表情からは反抗の意思がはっきりと見えていた。


「決勝でも絶対勝ってくれる。乗り込むのは、それからにしてやろうぜ」

「不正野郎を打ち倒してからってことね。分かったわ。もう全力で応援するしかないわね」


 ここで騒ぎになれば、この八百長を阻止できるが、そうなると試合自体も中止になってしまう。

 ミーシェに戦う意思があるなら、その意思を尊重しようとのこととなった。

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