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32話 指導

 気圧されて上手くやれないとのことで、場所をベルガ近郊の森に変えて、モンスター相手に測定することにした。


 凛と玖音が見守る中、スライムと対峙するラピス。


 構えた状態で睨み合っていると、スライムが飛び掛かって来た。

 ラピスは即座にシールドを発動させ、スライムのタックルを防ぐ。

 そして、弾いたらすぐに攻撃魔法の詠唱を始めた。


 だが、魔法が発動する前に、スライムは再び飛び掛かって来る。

 ラピスは慌てて詠唱をキャンセルし、再度シールドでスライムの攻撃を防いだ。


「もっと発動時間速いやつでいいのよ? モンスター相手だから、長い詠唱できないでしょ」

「は、はい。ごめんなさいっ」


 凛に注意され、ラピスは戦い方を見直す。

 速度重視の戦法に切り替えて戦いを行うが、それでも詠唱を阻止されることは完全にはなくならなかった。



 暫く戦闘が続き、数分後。

 ラピスは何とかスライムを討伐する。


「何ていうか、慎重過ぎ。いけるところなのに、詠唱止めて防御や回避することが多かったわ。慎重に対処するのはいいことだけど、度が過ぎたら本末転倒よ」


 先程の戦いでは、明らかに攻撃できるタイミングであっても、見送った場面が何度もあった。


 モンスターとの戦いは、ちょっとしたミスが命取りとなる為、慎重になってしまうのは仕方のないことだったが、戦いに時間をかけても、新たなモンスターが参戦してくるようなリスクも出てくる。

 ラピスの場合、その慎重さが明らかに度を越していた。


「すみません……。私って、どんくさいから、大丈夫だとは思っても、いざやろうとすると、本当にできるかどうか心配で」


 故郷では迫害されながら育ち、冒険者となってからも、アラン達に小間使い同然の扱いをされていたので、自尊心が非常に低かった。


「自信がない? なら、そうね……。指導方針が決まったわ」





 戦っていたラピスが、モンスターへ氷結魔法を撃ち当てる。


「凄ーい。流石ー」


――――


 防御のタイミングを見誤って、反撃を受けたラピスが尻餅をつく。


「大丈夫、すぐに立て直せるわ。ダメージを最小限に抑えるなんて、やっぱりラピスちゃん才能あるわ」


――――


 モンスターの手足を凍結させ、動きを封じたラピスは、畳みかけるように攻撃を行う。


「ひゅー! ナイス戦法。悔しいけど、秘めた才能は私以上だわ。まさに千年に一人の逸材」



 絶賛を続ける凛を、玖音は白けた目で見る。


「褒め過ぎではないのか? さっきから褒めることしかしておらんではないか」


 もう結構長い間、指導を続けていたが、凛は褒めること以外何もしていなかった。


「自信をつけさせてるのよ。自分を大したことないと思うのは、自分の行動に制限を掛けるも同然である。ってなことが、ニーチェの本に書いてあったわ。こうやって沢山褒めることで、自信を持って行動できるようになって、才能が開花しやすくなるの。この方法で世に名を轟かせた著名人も多くいたらしいわ」

「ほんとかの」


 話を聞いても、玖音は半信半疑であった。



 そうしているうちに、ラピスが戦っていたモンスターを倒す。


「倒せましたっ」

「おぉー! 流石、ラピスちゃんね。もう、最強っ。ラピスちゃんはやればできる子よ。よっ、天才」


 凛は透かさず、おべっかをする。


「ふふ、私できる……私最強……」

「危険な香りしかしないのじゃ」


 ラピスはもう完全に凛が褒めた言葉を、信じ込んでいる様子だった。


「なら再挑戦してみる?」


 不安を抱いていた玖音に、凛は神獣姿での再戦を提案して来た。

 それを受け、ラピスが言う。


「いいんですか? 怪我させちゃいますよ」


 ラピスは臆することなく、自信に満ち溢れた顔をしていた。


「甘やかされて育ったモンスターじゃの……」


 玖音は再戦を引き受け、もう一度玖音を的にした測定をすることになった。



 その場で神獣姿となった玖音と対峙するラピス。

 さっきのような怯えは一切なく、神獣の玖音を前にしても、自信満々の顔は崩れていない。


「行きます!」


 ラピスが杖を翳すと、宙に炎が発現する。

 集中した様子で詠唱を続け、それに応じて炎は、より大きくより激しくなって行く。

 そして見る見るうちに、神獣の玖音を覆い包めるほどの大きな炎の球となった。


 ラピスはそれを玖音に向けて放つ。


「消し飛べ……!」


 巨大な炎の球が玖音を襲う。

 燃え盛る炎が迫るが、玖音は平然と待ち構えていた。


 そのまま炎の球は玖音に当たり、その身体全身に浴びせられた。

 炎が身体を包むが、玖音が身体を振ると、炎はあっけなく掻き消える。


「嘘!?」


 渾身の攻撃をまるで灰を払うかのように軽く振り払われ、ラピスは驚く。

 玖音はダメージを一切負っていない様子だった。


 だが、ラピスはへこたれず次の攻撃に移る。

 炎がダメなら水をと、水球をいくつも発現させ、玖音に向けて連射を始めた。


「はぁぁぁぁ!!」


 魔女族特有の豊富な魔力による物量攻撃。

 激しい弾幕を浴びせるが、玖音は鬱陶しそうにするだけで、ダメージらしいダメージを負っている様子はなかった。


 ラピスは諦めず全力で放ち続ける。

 玖音は無防備に受け続けていたが、あまりに長く続く為、尻尾を軽く払って、ラピスを薙ぎ倒した。


 尻尾で叩かれたラピスは、尻餅をついてきょとんとする。

 そして玖音に目を向け、全くの無傷であることを認識すると、目に見えて落ち込む。


「全力だったのに……」


 これまでの攻撃が無駄だったと分かり、ラピスは完全に戦意喪失した。


「ごめんなさい。調子に乗ってました。私なんてゴミ屑も同然です」


 粋がっていたことを恥じて、自信まで喪失してしまっていた。


「すっかり元通りじゃの」

「相手が相手だから、ね? 落ち込むことないわよ」


 凛が励ますが、ラピスの心はすっかり折れていた。


「何でもかんでも褒めた結果、慢心させるだけじゃったな」

「う……。そういえば、価値が下がるから、軽々しく褒めるべきではないって、論語にあったわね……。孫子とニーチェが競合してるわ」

「何事も加減じゃ。節度を持ってやればよい」

「! 釈迦が示した中道ね。確かに行き過ぎは良くなかったわ。反省」

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