26話 シーナ
その後、通報で駆け付けた兵士達によって現場検証が行われ、暗殺者の仕業であると断定された。
凛達は揉めてる真っ最中だったので、取り調べを受けることとなったが、メイドの証言もあって、無関係であると判断された。
兵士の人曰く、ロバートはその強引な経営姿勢から、色々なところの恨みを買っていた為、誰に殺されても、おかしくなかったとのことだった。
取り調べなどで時間を取られ、凛達が工場に帰って来たのは、夜遅くとなってからのことであった。
戻って来た凛はベッドで横になる。
殺されたのはロバートだけで、ミハエルは無事であったが、自分も恨みを買っている自覚があってか、取り調べの最中、酷く怯えていた。
ロバートの死で、ミハエルが会社を引き継ぐことが予想されるものの、これまで親の庇護の下、好き勝手しているだけだった為、今後は引き継ぎに追われ、凛にちょっかいかけてくる余裕はなくなるだろう。
縁談騒ぎでの揉め事は、予想外の形で解決したのだった。
しかし、凛には気掛かりなことがあった。
「……寝れない。やっぱり、あれ、シーナちゃんだったわよね」
一瞬見えた暗殺者の姿。
それは店に通ってくれていた少女・シーナだった。
あんな小さい子が暗殺者だったのか、何故ロバートを殺したのか、どうして暗殺者なんてやっているのか、そんな思いが、ぐるぐると周り、凛は全然寝付けなかった。
頭を悩ませていると、部屋の端で物音がする。
凛が音のした方に顔を向けた瞬間、上から何かが飛び掛かって来た。
凛は咄嗟に手で防ぐ。
窓から差し込む月明りで見えたのは、ナイフを構えて、凛の首元に突き立てようとするシーナの姿だった。
シーナはナイフに力を加えて、刺そうとする。
「うぐぐ……シーナちゃん、何で……」
凛は必死にガードしながら身体を横に倒し、シーナを上から振り落とす。
凛が身体を起こすと、シーナもすぐに立ち上がり、ナイフを構えた。
「ちょっと待ってっ。落ち着いて。何で、こんなことを……」
「姿、見られたから」
シーナはそれだけ言うと、再び襲い掛かって来た。
凛はベッドから飛び退き、棚の上に置いてあった砂入りの小袋を、シーナへと投げる。
身体に砂がかかるが、シーナは構わず襲い掛かろうとした。
しかし、そこから凛に飛び掛かる出来なかった。
「……動けない」
全身に付着した砂が、シーナの身体の動きを封じていた。
凛は砂を操作して、シーナを床に平伏させる。
そこで、暴れる物音を聞きつけたルイスとフラムが、部屋へと駆け込んで来た。
「どうした!? 何があった!?」
暗殺騒ぎの後だったの、血相を変えて駆け付けてきてくれた。
一先ず、凛は縄でシーナを拘束しつつ、シェルターミラーから玖音とクレアも出して、話をする。
「この子、よく来てたお客さんだよな? どういう状況?」
「私もまだよく分かってないけど、多分この子がロバートさんを殺した暗殺者」
「えっ、マジ!?」
「ええ、ロバートさんが殺された時に見たもの。それで、目撃者の私も殺しに来たみたい」
「マジか……。全然暗殺者なんかに見えないな」
フラムは拘束されているシーナをジロジロと見る。
シーナは抵抗するそぶりも見せず、大人しくしていた。
「そうよね。こんなに可愛いのに、ナイフ持って襲い掛かって来たから吃驚したわ」
「で、この子はどうするんだ?」
「どうしましょうね……。何とか捕まえることは出来たけど……ちょっと待って。こういう時って、まさか」
何かに勘付いた凛はシーナの顔を見る。
シーナは大人しくしているが、何やら口をもごもごとさせていた。
それを見た凛は、すぐさまシーナの口に手を突っ込んだ。
シーナに噛まれながらも、手を引き抜かず、口の中を探る。
そして、指先に当たったものを掴んで、手を引き抜いた。
「やっぱり!」
凛の手にあったのは、小さなカプセルだった。
捕まった暗殺者が取る行動のセオリーは自害だったので、慌てて阻止したのだった。
「阻止された……」
シーナは残念そうに呟く。
「危なかった……。いきなり死のうとするなんて。話ぐらいさせてよ」
「いいよ」
凛は文句を言うように言うと、シーナからは非常に素直な返事が返って来た。
意外な反応をされ、凛は少し吃驚するが、話はしてくれるとのことで、質問を始める。
「シーナちゃんがロバートさんを殺したの?」
「うん」
「どうして?」
「依頼があったから」
「誰から?」
「守秘義務」
シーナは素直に答えていたが、依頼主については答えなかった。
そういう掟なのだろうと、凛は違う質問をする。
「個人でやってるんじゃないわよね? どこの組織?」
「守秘義務」
「家族は?」
「いない」
答えられる質問には、スムーズに答えてくれている。
そこから子供らしい純粋さが窺えた。
そんな純粋な子が暗殺者をやらされていると思うと、凛はどうしようもなく悲しくなってくる。
「……シーナちゃん。貴方が暗殺者なんてやることないわ。うちに来さない」
凛が保護を申し出るが、シーナは首を横に振る。
「無理」
「嫌なの?」
「別に。でも無理」
シーナは理由も言わず拒絶する。
凛がどうしてか問おうとしたところ、フラムがその理由に気付く。
「これ、もしかして隷属の刻印じゃないのか?」
シーナの二の腕には刺青のような紋章が入れてあった。
隷属の刻印。
それは、相手に制約を掛け、行動を制限させる魔法の刻印であった。
奴隷に施されることもあり、刻印を入れられた者は、入れた者に対して、逆らうことが出来なくなる。
「やっぱり従わされてたのね」
「でもこれ、入れた人じゃないと外せないから、どうしようもないぞ」
「ううん、確か外し方あった気がする」
凛は懐から、遠隔で通信できるアーティファクトである無制限通信機を取り出す。
そして通話ボタンを押すと、それを携帯電話のように耳に当てた。
程なくして通信が繋がる。
「あ、みぃ? 聞きたいことがあるんだけど。ん? あんた夜型でしょーが。実際、すぐに出てるじゃない。でさ、隷属の刻印の外し方なんだけど……」
軽口をたたきつつ。凛が隷属の刻印の解除方法を訊ねると、瑞希は正確なやり方を教えてくれた。
「オーケーオーケー、ありがと。じゃ、また電話するねー」
通信を終えた凛は、シーナに刻まれた刻印に向けて手を翳す。
そこで魔法陣を描き、解除の魔法を発動させた。
すると、二の腕にあった隷属の刻印が、砕けるように粉々になり、綺麗さっぱり消え去った。
一般的には、施術者以外は解除不可能と言われていた為、解除されたことに一同驚く。
「マジかよ。本当に解除しちまった……」
最高位の解除魔法だったので、他者が施術したものだろうと、お構いなしに解除することができた。
高い魔法適正を持っていた凛だからこそ、使えた魔法である。
「これでどう? 私のところ来てくれるでしょ?」
隷属の刻印が解除できたところで、凛は改めてシーナに保護を申し出た。
しかし、またしてもシーナは首を横に振る。
「無理。抜けたら追手が来る。組織は裏切者を絶対に許さない」
「あー、やっぱりそういうの厳しいんだ。けど、犯罪組織相手なら法律関係ないわよね? 今度こそ力づくでやっちゃいましょ」




