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19話 店長

 ファーベル社・工場前に建てられている直営店。

 そこのカウンターに凛は座っていた。


「まさか本当にやることになるとは」


 ロバートの誘いを断る言い訳に、店長をやると言った凛だったが、ルイスが名案だと本当に店長をやるよう頼んで来た。


「いつでも辞めていいからって言われて、引き受けたけど、うーん……どうせやるなら、もうちょっと女の子受けする店が良かったわ」


 直営店とのことで魔道具製品、所謂家電製品のお店なので、若い女の子はあまり来るようなところではない。

 凛もそんな店の店長をやっても楽しくない為、無理言って、店の一角にアクセサリーコーナーを設けたが、客足が少ないこともあって、女の子の来店はまだない。


「凛ー、できたやつ適当に陳列しといていいかー?」


 カウンターの裏から、アクセサリーが入った箱を持ったフラムが出てくる。


「ええ、見栄え良くね」


 フラムはそのままアクセサリーコーナーへ行き、箱の中のアクセサリーの陳列を始める。

 工場ではアクセサリーの生産などしていない為、お店のバックヤードに備え付けた工房で、フラムとクレアの二人が練習がてら制作していた。


 店舗ではまだ売れていないが、高額製品購入者への粗品としてや、営業の贈呈品に使えるので、沢山作っても無駄にはならない。



 客もおらず、暇を持て余す凛。

 カウンターの隅に視線を移すと、そこでは玖音がのんびりとしていた。


「玖音は何にもやらないつもり? 今は暇だからいいけど、忙しくなったら手貸してよね」

「その時は、工場から借りて来ればいいじゃろ」

「嫌よ。そっちには若い女の子いないじゃない」

「何言っとるんじゃ」

「私、同い年から年下の女の子が好きなの。ほら、見てごらんなさい。可愛い女の子だけの職場。正に楽園じゃない」


 本来、店員として工場の従業員を当てる予定であったが、凛は女の子だけの職場にしたかった為、手が回らなくなるまでは不要と、断っていた。


「知らんよ。一応言っておくが、儂は年上じゃぞ? 正確な歳は忘れたが、少なくとも三百年以上は生きておる」

「玖音はそうでしょうね。実年齢は私の守備範囲から外れてるけど、玖音は人間じゃないし、見た目と精神年齢が低ければイケるわ」

「馬鹿にしておるのかっ」

「ううん、褒めてる」

「どこがじゃ。……主は時々よく分からんの」


 凛の感性がズレているので、玖音どう反応すればいいのか分からなくなっていた。




 その時、店の入り口の扉が開き、一人の男性が入って来る。

 男性は高そうな衣装に身を包んでおり、そのファッションセンスからか、気障っぽい雰囲気を醸し出していた。


「いらっしゃいませー」


 店に入って来た男性は、凛の居るカウンターへと一直線にやって来る。


「お嬢さん。凛という子はどこだい?」

「私ですが」


 凛が自分だと答えると、男性は値踏みするように見てから名乗る。


「ふむ、悪くないな。僕はウェルダム商事の御曹司、ミハエル・ウェルダム。君の夫となる男だ」

「はぁああああ? 何言ってんの?」


 その男性客はロバートの一人息子・ミハエルだった。


「態々、君の為に挨拶しに来てやった。壮大に感謝するがいい」


 ミハエルは非常に偉そうな態度を取っていた。


「あの……ロバートさんの息子さんですよね? 嫁入りのお誘いは断ったはずですが」

「庶民の君が、この僕に釣り合わないと思うのは当然のことだ。だが、安心してくれたまえ。才能と美貌があれば、庶民の女でも受け入れる器が、僕にはある」


 とことんまで上から目線で話してくるミハエルに、凛は怒りも感じずに呆れ返ってしまう。


「そうじゃなくて、ただ結婚する気がないから、断ったんですけど」

「遠慮しなくていい。僕は君を受け入れると言っているのだ」

「いや、だから、お断りしますと言っているんです。お断り、願い下げ、断固拒否」

「おやおや、照れているのかい? 可愛い子猫ちゃんだ」


 ミハエルは凛の言葉を真に受けず、冗談交じりに凛のおでこを指でつっつく。

 凛は声にならない悲鳴を上げ、全身に鳥肌を立たせた。


「ふふふ、どうやら庶民の君には刺激が強かったようだね。今日はこのくらいにして、また日を改めて来るよ」


 凛の反応を受け、ミハエルは緊張していると勘違いし、見当違いの気遣いをしながら引き下がった。



 ミハエルが店から出て行くと、凛は溜め込んでいたものを出すかのように息を吐き出す。


「うへー、何なのあれ」


 ミハエルは非常に特徴的な性格で、これまで凛の会ったことのないタイプの人間だった。

 いくら断っても、違うように解釈され、暖簾に腕押しの状態。

 まだ短い会話しかしていないが、それだけでも厄介な相手であろうことが分かった。


「凛、結婚すんの?」


 フラムとクレアはバックヤードから顔を覗かせて、一連のやり取りを見ていた。


「する訳ない。あんなの論外でしょ」

「でも、したら玉の輿になれるぜ。あそこ、とんでもない金持ちだから」

「無理無理、どんなにお金積まれても、男と結婚なんてできないわ。もし、相手が可愛い女の子だったら、大歓迎だったけど」

「?? 凛って女だよな?」

「そうよ。女だけど女の子が好きなの。結婚するなら、フラムちゃん達みたいな可愛い女の子がいいわ」

「さっき話してたのガチな方だったんだ……。凛くらいの人なら、感性も違うんだろうな」


 フラムとクレアは驚いてはいるが、引いたりはしていない。

 色んな能力が人間離れしていて、元から一般人の枠から外れていたので、変わり者として受け入れられたのだった。


 そのやり取りを見ていた玖音が言う。


「主も難儀じゃの。若い女子が欲しいなら、土地神にでもなったらどうじゃ? 頼んでもいないのに、生贄で送られて来るぞ」

「それは、ちょっとそそるわね……」


 オキツネ村では生贄を懸命に阻止した凛だったが、自分が奉げてもらう立場になって考えると、魅力的に思ってしまうのだった。

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