表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元公爵令嬢、辺境の再生はじめました ~失恋したので、推し(領地)の経営に全振りしたら氷の騎士様が離してくれません~  作者: 藍沢 理
第2章 辺境再生と氷の騎士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/31

第6話 奇跡のハーブティー

 レオンハルトの警告は、冷たい棘となってわたくしの思考の片隅に突き刺さっていた。だが、脅威に対抗する最善の策は、脅威に屈しないだけの圧倒的な成果を出すことだ。わたくしは思考を切り替え、次のプロジェクト――ノルドクレイ初の特産品開発へとリソースを集中させることにした。


 数日後。わたくしは領主の館の物置を改造した即席の実験室に籠っていた。目の前には、先日ターニャが教えてくれた「ヤギが好んで食べる変な匂いの草」。乾燥させたそれを、乳鉢で丁寧にすり潰していく。


「いいですか、ターニャ。植物に含まれる成分は、熱や乾燥の仕方で大きく変化します。我々の目的は、この草の持つ有用な成分――人をリラックスさせる効果を最大限に引き出しつつ、不快な香りを香ばしい香りに転換させること。これを、わたくしの故郷では『焙煎』と呼びます」

「ばいせん……」


 目を輝かせてわたくしの手元を覗き込むターニャに微笑みかける。彼女の知的好奇心は、この領地の最も価値あるアセットの一つだ。

 鉄鍋の温度を慎重に調整しながら、粉末状にしたハーブを炒っていく。焦がさぬようにかつ、確実に化学反応を促す。やがて青臭い匂いが、心地よい香ばしい香りへと変わる。これだ。このポイントが、品質を決定づけるクリティカルパスなのだ。


 扉の隙間から、レオンハルトがこちらの様子を窺っていることに、わたくしは気づいていた。彼の目には、わたくしの行動が、非科学的な錬金術にでも見えているのだろうか。結構。理解は、後からついてくればいい。



 その日の夕方。わたくしは完成した試作品を手に、ギデオンの家を訪れていた。レオンハルトも「監査の一環だ」という、もはや誰にも通用しないであろう言い訳を口にしながら、わたくしの後ろについてきている。


「ギデオン。長年、心労で眠りが浅いと伺いました。これを、試していただけませんか」


 わたくしが差し出した木杯から立ち上る香ばしい香りに、ギデオンは訝しげに鼻をひくつかせた。


「……あの臭い草か。本当に飲めるのか、これは」

「ええ。わたくしが保証します」


 ギデオンは、疑わしげに一口、また一口と、ゆっくりとその液体を喉に流し込んだ。そして、ただ黙って、わたくしたちを追い返した。



 結果が出たのは、翌日の昼のことだった。

 村の広場で土壌改良の指示を出していると、血色の良い顔をしたギデオンが、わたくしの元へやってきたのだ。


「エリアーナ様……昨夜は、ここ何十年かで初めて、朝まで一度も目を覚まさずに眠れた。……礼を言う」


 その言葉は、狼煙だった。

 噂は瞬く間に村中に広がり、不眠や心労に悩む人々が、次々と館に押し寄せた。わたくしが開発したハーブティーは、いつしか領民たちの間で「奇跡のハーブティー」と呼ばれるようになっていた。


 最初の成功。

 それは、わたくしの知識が、この土地の人々の生活を具体的に向上させたという、何よりの証明だった。



 その夜、執務室で、わたくしは新たな事業計画を練っていた。このハーブティーを安定供給し、いずれは王都で販売する。そのための生産体制、品質管理、そしてマーケティング戦略……。

 思考に没頭するわたくしに、背後から声がかかった。


「王都へ行くのか」


 知っていた。レオンハルトがそこに立っていた。


「ええ。この事業を成功させるためには、避けては通れません」


 あの忌まわしい婚約破棄の舞台。わたくしにとって、トラウマの震源地。だが、もう逃げるわけにはいかない。

 わたくしが覚悟を決めた、その時。


「護衛として同行する」


 彼の言葉は、命令に近い響きを持っていた。


「……監査は、もうよろしいのですか」

「これも職務だ」


 平坦な声。鋼色の瞳。その奥に、職務という言葉だけでは説明のつかない、何か別の感情が宿っている。そんな気がした。

 氷の騎士の不器用な庇護の申し出に、わたくしの心臓が、非合理な音を、恋する乙女のように高鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました! 違うテイストで面白いのでよろしくお願いします‹‹\(´ω`)/››‹‹\(´)/››‹‹\(´ω`)/››
魂が響かない令嬢は、精霊の血を引く公爵様の『錨』となる ~偽りの婚約から始まる、たまゆらに縛られない本当の愛~
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ