第1話 魔女裁判
シャーリー嬢の狂気に満ちた叫びは、マイズナー侯爵の失脚によって権力の空白地帯と化した議場に、新たな混乱の種を蒔いた。貴族たちが互いに顔を見合わせ、囁き合う。彼らにとって、真実などどうでもいい。重要なのは、この混乱に乗じて、どちらの陣営につくのが最も利益を生むか、という投資判断だけだ。
国王陛下がわたくしへ顔を向け、苦々しげに眉をひそめる。
だが、わたくしは動じない。
魔女裁判。
魔法のある世界で「魔女裁判」とは片腹痛い。
偏見の固まりによる唾棄すべき制度が、想定外の変数となった。
無罪放免を勝ち取ることが今回のプロジェクト。
可及的速やかに「魔女という偏見」を取り除かねばならない。
「魔女がこの王都にいるとは……」
「まさか。あれらは全て排除されたはず」
「生き残りがいる、と聞いたことがある」
さわさわとささやかれる声。
笑止。
わたくしには余裕があった。どのような不確定要素も、わたくしの管理下に置かれる対象に過ぎないのだから。
「皆様、ご静粛に」
わたくしは前に出て背筋を伸ばし、はっきりと通る声を議場に響かせた。
「シャーリー様のご指摘は、ある一点において真実です。わたくしが行ったことは、確かにこの国の常識からは逸脱しているでしょう。ですが、それは魔法でも、悪魔の力でもありません。全て知識と論理に基づいた、再現可能な技術に過ぎません」
集う貴族たちを見渡す。わたくしの挙動を見逃さぬように、彼らは目を見開き、瞬きもせずに見つめていた。
「例えば、わたくしが開発したお茶。あれはヤギが好んで食べる、ただの香りの強い草でした。しかし、それを乾燥させ、丁寧に焙煎することで、不快な匂いを香ばしさに変え、安眠を誘う成分を最大限に引き出したに過ぎません。次に、冬の野菜。あれは地熱、という大地が元々持つ熱を利用し、透明なガラスで覆いを作ることで、太陽光を最大限に取り込み、内部の温度を保っただけ。いわば、自然の力を借りた温室です。蒸留酒も同様です。水とアルコールでは、熱した際に気体に変わる温度が異なる。その性質を利用し、先に気化したアルコールだけを集めて冷やせば、より純度の高いお酒が手に入る。これらは全て、子供でも理解できる、単純な理屈ですわ」
わたくしは、シャーリー嬢を、そして彼女の言葉で動揺している貴族たちを、真っ直ぐ見据えた。
「わたくしの力は、奇跡ではありません。観察し、分析し、仮説を立て、実行し、改善する。ただただ、その繰り返し。わたくしはそれを経営と呼びます。もし、この合理的な営みを『魔女の業』と断罪なさるのでしたら、どうぞ、ご随意に。ですが、それは、この国が自らの手で、発展の可能性を永遠に葬り去ることに他なりません」
静寂。
わたくしの言葉は、魔女という非論理的な恐怖を、経営という論理的な現実で上書きした。いや、この世界には魔法がある。それに「魔女」という存在も、書類上でだが、実在する。
じっと待つ。言う事は言った。これでダメなら次策を――。
やがて、玉座から重々しい声が響いた。
「……見事だ、エリアーナ・フォン・ヴァイスフルト」
国王陛下が立ち上がった。その瞳には、先ほどの怒りとは違う、純粋な賞賛の色が浮かんでいた。
「王都に魔女はいない! シャーリー嬢の戯言は、これにて仕舞いとする! そして、エリアーナ! 貴様の功績は、王国にとって計り知れない価値がある。よって、本日をもって、貴様を王国の特別顧問に任命する! ノルドクレイは、王家直轄の特別自治領とし、その運営の全てを、貴様に一任する!」
議場が今度こそ純粋な驚きと賞賛のどよめきに包まれた。
特別顧問。
特別自治領。
それは、わたくしの事業が、この国における重要な国家プロジェクトとして承認されたことを意味していた。
最高の投資リターンだ。
次話、本日の9時10分に更新します。




