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元公爵令嬢、辺境の再生はじめました ~失恋したので、推し(領地)の経営に全振りしたら氷の騎士様が離してくれません~  作者: 藍沢 理
第4章 陰謀と共闘

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第10話 断罪

 王宮の貴族院議会。


 それは、この国における最高意思決定機関。言い換えれば、最終承認権者たる国王陛下を議長に据えた、超弩級の取締役会だ。


 天井から吊るされた巨大なシャンデリアが放つ無数の光は、居並ぶ大貴族たちの勲章や宝石に反射し、その権威をこれでもかと誇示していた。


 けれども、わたくしの目には、単なる非効率な照明設計と、過剰な装飾コストの羅列にしか見えなかった。日本での記憶が戻ったせいだ。


 本日の議題は、宰相マイズナー侯爵という名の巨大コンツェルンの、度重なるコンプライアンス違反に関する緊急監査報告。そして、わたくしの役割は、その監査報告を行う、プロジェクトリーダー。


 ……面白い。前世で担当したどの敵対的買収案件よりも、遥かにスリリングなディールじゃないか。


 わたくしは玉座へと続く深紅の絨毯が敷かれた中央通路、その中心に一人で佇んでいた。

 玉座に座す国王陛下の表情は、氷のように冷たい。その両脇には、父ヴァイスフルト公爵と、氷の騎士レオンハルト・フォン・アードラーが、王の両翼であるかのように控えている。


 対する被告席――いや、国王陛下の向かいには、未だ傲岸な態度を崩さないマイズナー侯爵と、顔面蒼白のアルフォンス王太子殿下、そしてその隣で扇を握りしめ、プルプル震えるシャーリー嬢の姿があった。


 議場にいる他の貴族たちは、このパワーゲームの行方を固唾を飲んで見守る日和見主義の株主たちだ。


 国王陛下の、地を這うような低い声が議場に響き渡る。


「始めよ」


 その一言が最終プレゼンテーションの開始を告げるゴングだった。


 わたくしは前に進み出ると、澱みない声で事実という名の弾丸を、一発、また一発と、マイズナー侯爵の眉間へと撃ち込んでいく。


「早速ですが、本題に入ります。第一に、ノルドクレイ領における毒物混入事件。実行犯の証言、及びマイズナー侯爵家からの資金提供の証拠がこちらになります」


 羊皮紙の束が、侍従の手によって侯爵の前に置かれる。


「第二に、商業ギルド及び新興商人への不当な圧力。複数の商人からの宣誓供述書が、マイズナー侯爵の関与を明確に示しております」


 さらに、別の羊皮紙の束が積まれていく。


「第三に、隣国との軍事紛争の煽動。これは、我が国の安全保障を脅かす、極めて悪質な情報操作に他なりません。そしてこれが決定的な物証。マイズナー侯爵が隣国のゲルハルト・シュトライバー将軍に送った密書です」


 レオンハルトの部下、クラウスが命がけで手に入れた血濡れの密書。全ての不正の頂点。それが置かれた。


「……筆跡は魔法鑑定で済んでおります。言い逃れは、不可能かと」


 チェックメイト。

 マイズナー侯爵の顔が、初めて怒り以外の感情、焦燥に歪む。だが、彼はまだ、最後の虚勢を張っていた。


「馬鹿馬鹿しい! 全てその女の捏造だ! 私を陥れるための浅はかな芝居に過ぎん! そうであろう、アルフォンス殿下!」


 最後の望みを託されたアルフォンス殿下の顔から、血の気が引いていく。彼の脳内では今、高速で損益計算が行われているのだろう。マイズナー侯爵という名の沈みゆく泥船に乗り続けるリスク。彼を切り捨て、被害者の立場を演じることで得られる、自己保身というリターン。


 答えは一瞬で出たようだ。


「……わ、私は、何も知らない! 全て、宰相に唆されて……! そうだ、私は、彼に利用されていただけなのだ!」


 実に合理的。


 実に人間的。


 だからこそわたくしは、人を「推す」ことをやめた。


 アルフォンス殿下の裏切りという、最後の砦が崩れ落ちた瞬間、マイズナー侯爵の顔から、全ての表情が抜け落ちた。


 国王陛下が立ち上がって口を開いた。その声は雷鳴のように、議場全体を震わせた。


「我、オーガスタス・フォン・エルドリアの名をもって命ず。宰相マイズナー侯爵を、国家反逆罪で逮捕せよ! これより、全ての官職を剥奪し、身柄を大罪人として拘束する!」


 衛兵たちが、呆然と立ち尽くすマイズナーの両腕を掴む。


「アルフォンス! 貴様は王族たる資格なし! 本日をもって、王位継承権を剥奪し、北の修道院にて終生、幽閉の身とする!」


 アルフォンス殿下が、その場に崩れ落ちた。


 プロジェクト完了。

 脅威の排除、完了。

 リスクの無力化、完了。


 わたくしは、できるだけゆっくりと息を吐いた。

 これでようやく、ノルドクレイの事業に集中できる。

 全てが終わった。

 そう思って脱力したとき。


「お待ちください!」


 甲高いヒステリックな声が、議場の静寂を引き裂いた。

 声の主は、シャーリー嬢だった。彼女は、震える指で、わたくしを指差していた。その瞳には、もはや正気の色はない。


「おかしいではございませんか! あの女が、辺境の地で次々と奇跡を起こすなど! 冬に野菜を育て、見たこともないお茶やお酒を作り出す……! それは、人間の知恵ではございません! 悪魔の力ですわ!」


 彼女はさらに声を張り上げ、狂ったように叫んだ。


「エリアーナ・フォン・ヴァイスフルトは魔女です! 王国を惑わす、邪悪な魔女なのです!」


 魔女。

 なるほど。

 理解不能な事象に対する、最も安直なラベリング。

 論理的思考を放棄した者の最後の抵抗。

 こうなればもはや、言葉は通じない。


 マイズナー侯爵の排除、というプロジェクトは、いま完了した。だが、その完了報告書のインクも乾かぬうちに、遥かに厄介なリスクファクターが出現した。


 シャーリー嬢。

 彼女は、ナシム・ニコラス・タレブが提唱した、予測不能な、いわゆるブラックスワンだ。


 これまでのゲームのルールが、この瞬間、根底から覆された。

 ……面白い。

 実に面白いじゃないか。

 次のプロジェクトの、キックオフミーティングと行こう。


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新作はじめました! 違うテイストで面白いのでよろしくお願いします‹‹\(´ω`)/››‹‹\(´)/››‹‹\(´ω`)/››
魂が響かない令嬢は、精霊の血を引く公爵様の『錨』となる ~偽りの婚約から始まる、たまゆらに縛られない本当の愛~
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