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Sideクオン:騒がしい日々

 クオンには親も家族もいない。

 そもそも自分が本当に人間から生まれたのかわからない。


 人間の悪意と欲望から漏れでるように生まれたのが『闇の資質』ならば、その根源は闇でしかないのだろう。


 世界にさげすまれ、うらみつづける忌み子。

 己の魂に、古代の言葉で『苦怨』と刻まれているのも知っていた。


 もちろん、幼いクオンに手を差しのべる者もいた。だが微弱とはいえ人の悪感情を無意識にでも増幅させる少女が、人の輪におさまることはなかった。


 結論を言えば、クオンは魔王として覚醒するはずだった。

 魔王ヴァルボロスをしのぐ力をもって、世界に牙を剥く存在だった。

 よどんだ瞳ですべての存在を蹂躙する、はずだった。


 しかし、そうはならなかった。


 誰とも痛みをわかちあえず、孤独が少女をむしばむ日々。

 あの日、路地裏から見える景色はいつになくよどんでいた。


 お腹がペコペコで死にかけているのに誰にも見向きもされず、こんな世界など滅んでしまえばいいと心の底から願っていた。


『クハハッ……お前、素晴らしい資質をもっているな』


 弱々しい影がそう囁いてきた。

 それが自分と同じ、世界から祝福されない存在だとクオンはすぐ知ることになる。


「ねえ……ヴァル……。ボクの騒がしい日々はね、あのときからはじまったんだよ」

「あのとき……?」


 ガイコツのぬいぐるみが不思議そうに自分を見つめている。

 あれだけ『本来の我は魔王にふさわしい姿』だの言っておいて、愛嬌のあるマスコット化するなんて滑稽だなと笑ってしまう。


「クオン、我の姿に笑ったな」

「……ヴァルはボクのこと、まあまあ察せるよね」

「なにが言いたいのだ?」


 十何年も共にしてきた。声の調子で相手の考えはだいたいわかる。


 これが人の温もりなのかはわからない。


 たぶん、ちがうとはクオンは思う。

 隙あらば精神をのっとろうとはするし、ことあるごとに魔王とはなんぞやとうるさくて仕方がなかった相手だ。


「…………クオン、この阿呆が言っていたことだが」


 ヴァルボロスの声には戸惑いを感じた。

 この場で門番だけが確信をもったような瞳でいる。勘違いしまくりな癖に肝心なところは外さないなとクオンは思った。


「ボクが一緒に死んでやるつもりってやつ?」

「お前はそんな殊勝な存在ではないだろう。食い意地がはっていてマイペースで……」

「ヴァルはいつもやかましくてうるさくて騒がしくて」

「口うるさいとしか言っておらんではないか!」

「そこだよそこ」


 クオンはめんどくさそうに笑う。

 なにかとやかましい存在が側にいるのだから、うるさくて仕方がなかった。


「そーだよ。一緒に死んであげるつもりだよ」


 あっさり白状してやると、ヴァルボロスは黙ってしまう。

 サクラノたちも動揺していた。いやあれは『門番の考えが当たっていたなんて』みたいな意味もふくまれていると、クオンは思った。


「……なぜだ?」


 ヴァルボロスは理解に苦しむような声を出した。


「不思議で仕方がない?」

「……我はお前をいいように利用したぞ」

「だね。ボクの闇の資質を利用して悪意をバラまいて……なにが魔王の英才教育だよ」

「……人の悪意を見てきたよな」

「うん、見た。ヴァルと……ボクのせいだよね」


 実際、成長するほど闇の資質が強まってきた。


 ヴァルボロスにそんなつもりはなかったと思うが、幼い頃から己の力との向きあい方、そしてたった一人でも生きていける強さを教えこまれていた。


 だから、クオンはこの世界に立てている。


「お前は、どうして……そう悟ったような表情でいる」


 ヴァルボロスの声が苛立っている。

 いつもなら長い説教だなと、クオンは苦笑した。


「悟ってなんかいないよ。ボクたちってさ、そういう存在じゃん」

「それを悟ったというのだっ‼」


 ヴァルボロスが激昂したので、クオンはちょっと驚いた。


「なに? 怒鳴らないでよ」

「世界が憎いだろう!」

「……それなりには」

「世界を滅ぼしたいと考えたことはないのか!」

「……考えたことはあるよ」

「たまたま理不尽を押しつけられたのだ! 怒りを……憎しみを! 世界にぶちまけたいと思わないのか⁉ お前はそれを許される力があるのだぞ!」


 事実、自分はそうしたとヴァルボロスの声が告げてくる。

 めちゃくちゃ憤っているなーと、クオンはさらりと受けとめる。


 魔王ヴァルボロス。

 世界を暗黒に染めあげた魔王の名は、放浪中いたるところで聞いた。

 自分が一人だけなら、きっと同じことをしただろう。


「ヴァルがさ、そうやって怒ってくれるから、ボクは恨まずにいられたんだ」

「我のせい……?」

「うん、ぜーんぶヴァルのせい」


 他人の怒る姿に冷静になるやつ……ではないか。

 単純に、自分の痛みを共感してくれて胸がスッとしてしまったのだ。


 特殊な関係だよねとクオンはしみじみ思う。


「世界を影から眺めながら旅をしてきて……ボク、いろいろ考えたけどさ。やっぱりさ、ボクたちのような存在は死んだほうがいい。この世にいちゃいけないよ」

「……そう考えたのも、我のせいか?」


 クオンはガイコツのぬいぐるみを見つめた。

 いつも側でやかましい隣人の心を探るように告げる。


「うん、ヴァルのせい。ヴァルのせいで……ボクは孤独じゃなくなった」

「ふん……なにもかも我のせいか」

「だからさ、一緒に死んであげる。魔王として戦って……一緒に死んであげるよ」


 自分はもう満足したからと、クオンは言った。


「それならヴァルも寂しくないよね?」


 ヴァルボロスは沈黙した。

 ただの人形みたいに固まってしまった。


 クオンは覚醒しても門番に勝てるとは思っていなかった。ヴァルボロスは自分を高く評価していたが、彼の底知れなさを最初戦ったときにすでに感じとっていた。


 闇の資質として優れていたからこそ、彼の恐ろしさに気づいたのだ。


 だから延長戦。

 今までの旅は、自分とヴァルが楽しむための延長戦。


 クオンはよろよろと立ちあがる。門番は驚くぐらいにまっすぐ自分を見つめていて、やっぱり勝てないと思ってしまった。


(素直に白状しちゃったな。ヴァルなんて怒るかなー)


 表情からは読めないけれど、声の調子でだいたいの感情は読める。


 だから、()()()()()()()()()()()()()つもりだった。

 もし隙をみせるのなら、今までの分まとめてからかうつもりでもいた。


「クオン、お前はなにもわかっていない」


 冷然と、魔王らしい口調だった。


 ずるいとクオンは思った。


「ずるいよ、ヴァル」


 ガイコツのぬいぐるみからは感情が読めない。


「お前はなにもわかっていない。この世界の愚かさも、人間の醜さも……お前はまだなにもわかっていない」

「ずるいよ。ボク、正直に言ったじゃん」


 ここで魔王らしくあるのは卑怯すぎる。


 昔みたいにみっともなくピーピー泣いてやろうと思った。

 それなら魔王らしくないと怒ってくれるだろう。


「クオン、傍から見ていただけのお前がなにを悟った顔でいる」


 ヴァルボロスはそれを許さないと魔王でいる。

 ガイコツのぬいぐるみからはやっぱり表情が読めない。魔王然とした声からは、考えがわからなかった。


「ずるい、卑怯者、最低最悪の魔王!」

「今さら知ったのか? 我は魔王ヴァルボロス。世界を暗黒に染めあげる魔王よ。ふん……我の失態……見こみ違いだったようだな」


 拒絶するような声。

 そんなふうに意識して言った声に思えて、クオンの血管がぶちぶちと切れた。


「この……卑怯者‼‼‼ バカ魔王!」

「阿呆に言われたところでなにも思わぬわ」

「意識してんじゃん! 気づかないフリしてんじゃん!」

「……勝手に思い違いをしていろ。…………………お前がこんなめでたい性格をしているとは思わなかったぞ」

「よく言うよ! ヨワヨワヘボ魔王!」


 どんな子なのか一番知っているはずなのに、何年来の付き合いだよとクオンは思った。

 涙目で思いっきりにらむと、ヴァルボロスは悪態をつく。


「そうして誰かを恨みつづけていろ。お前はお前だけの孤独を大事にすればいい」


 平坦すぎる声で、感情も考えが読めやしない。

 こんなにも卑怯な奴だなんて……知っていたけれどとクオンは思った。


 こうしてみっともなくにらんでいれば、また諦めて怒鳴りはじめる。そう考えていたのに、ヴァルボロスはいつまでたっても言葉を吐かない。


 ただのぬいぐるみと化したみたいに、黙って立っていた。


「…………ヴァル?」

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