第36話 激闘!勇者VS魔王②
ぽきりと、オンボロソードが根元から折れた。
なんで⁉ どうして⁉
俺とオンボロソードの思い出が走馬灯のように流れていく。
『師匠ー、剣はちゃんと手入れしないとダメですよー』
『はは、大丈夫。こいつは見かけ以上に丈夫なんだよ』
『……師匠の心気を注ぐことで丈夫になっているみたいですけど、それでも手入れしておかないと肝心なときに役に立ちませんよ』
『シンキがなにかわからないけどさ、俺はコイツのことを一番わかっているさ』
そうしてソードを雑にバシバシと叩いた、いつぞやの日。
サクラノの『だから言ったじゃないですかっ』という視線が突き刺さる!
俺はおそるおそるクオンを見る。
「宿敵、手加減はしないからね。魔王流星群」
クオンは冷たい表情で手のひらをくるくると動かす。
暗黒の渦が上空でずももーーと蠢いていた。
渦の中から暗黒の隕石がどゅーんと飛来する。地面で破裂すると、数メートルほど円形にくぼんだ。
暗黒の隕石がひゅんひゅらひゅんひゅらと次々に飛んできた。
「退避ー! 退避ーーー!」
俺は折れた剣を捨てて、連続バク転しながらその場を離れる。
防戦はマズイと察したか、仲間たちは隕石を避けつつも攻撃をはじめた。
「光陰瞬!」「急流丸太落とし!」
メメナが光の矢を放ち、ハミィは急流滑りの丸太の乗り物を投げつけた。
しかし、すべて障壁にふせがれる。
光の矢も丸太の乗り物も暗黒に炎につつまれてしまい、消し炭となった。
「先輩! やっぱり魔術がつうじないわ!」
ヴァルボロス(暫定)は当然だといわんばかりに笑う。
「クハハッ! ツッコミはいれぬからな!」
「ちぃっ! ツッコミをいれているようなものだっての!」
「やかましい! クオン!」
クオンが右手をかざした。
「魔王獄炎華」
星の形をした魔方陣が空中に展開される。
炎の魔術がくるとわかって、俺は大急ぎで真上にジャンプした。
「こっちだ! クオン!」
クオンは躊躇いもせずに俺に魔術を放つ。
なにもかも焼き尽くす業火……みたいな雰囲気の炎がおそいかかってくる!
俺は両手をまっすぐにのばした。
「門番……絶対障壁!」
ぼううううっと炎が俺を通過する。
髪の毛がちょっぴりチリチリになったけど、どうにか耐えることができたぞ!
「先輩! 素晴らしい魔術よ!」
俺が地面に着地すると、ハミィが尊敬のまなざしを送ってくる。
ごめん、これも技術だ!
子供の遊びでたびたび使われるバーリア。
絶対守護の障壁なんてないはずなのに、宣言すると本当にあるように思える。今のバーリアは童心に戻りながら叫ぶことで耐え忍ぶ技術。
つまり、まあまあ熱いっ!
クオンはさして表情を変えずに言う。
「さすが宿敵、これぐらいなんともないか」
「今の炎! 当たりどころが悪かったら火傷していたぞ⁉」
「……炎に当たりどころとか関係ないと思うけど」
困り眉になったクオンに、ヴァルボロス(暫定)は告げる。
「奴の言葉は無視しろ。阿呆の世界観にひきずりこまれ――」
「狡噛流! 鎧喰い!」
暗黒の隕石と炎を避けつづけたサクラノが、背後の物陰からおどりでる。
硬い敵に有効な斬撃は、ヴァルボロス(暫定)を狙っていた。
ナイスサクラノ! 黒幕っぽいし、そっちは弱そうだものな!
しかしガイコツのぬいぐるみも障壁を発生させて、ガキンッと斬撃をはじいた。
「グルルッ! こっちのぬいぐるみもか⁉」
サクラノは悔しそうに唸りながら、地を這うような姿勢で距離をはなす。暗黒の槍が次々に襲いかかってきたが、メメナとハミィが迎撃していた。
クオンは術を操りながら俺に殺意を向ける。
「宿敵、いつまでそうしているつもり?」
「……いつまで?」
「ボクは魔王クオン=ヴァルボロス。この世界を暗黒に染めあげる闇の存在。言ったよね、ボクはボクのために君たちを殺す。だから君は仲間のためにボクを殺すんだ」
クオンは淡々と、しかし瞳にたしかな意思を宿して言った。
ガイコツに操られているわけじゃないのか……?
「クオン! 本当に殺し合いが望みなのか⁉」
「そうだよ」
わっかんねーーーーー!
あんまり表情変えないし、なにを考えているかさっぱりだ!
闇の存在と言うわりには、世界を拒絶してしている子には見えなかったけど……。
「魔王雷光破」
クオンが右手をかざすと、バチバチと雷撃がほとばしる。幾何学的な光線が俺たちに襲いかかってくる。ひーこら言いながら避けつづけた。
と、雷撃の余波がフードエリアに直撃する。
彼女が丹精こめて作ったエリアが壊れても、表情を変えていない。
「本気……なんだな……っ!」
「やっとわかったみたいだね」
クオンが不敵に笑う。ヴァルボロス(暫定)は「これで本気だと思われるのはどうかだが」と不服そうにしていた。
このままでは夢と希望の王国メッガミーランドが廃墟と化してしまう。
メッガー君は浄化したとはいえ、それはあまりにも無常すぎる。
「……こっちに来い! クオン!」
俺は空中で何度もふんばりつづけて、上昇していく。
空中連続ふんばりだ! もちろん技術だ!
ジェットコースターのレールに着地すると、クオンが浮遊しながら追いかけてきた。あのヴァルボロス(暫定)もひっついてくるな。
クオンは俺の真正面に降りたち、逃がさないという瞳で見つめてくる。
強風が吹きすさび、俺たちの服がなびいた。
「勇者ダン、ここが君の死に場所だよ」
「……また勇者か」
勇者勇者勇者ね。自分がすごい人間だって勘違いしてしまいそうだ。
そこだけはハッキリさせておくか。
「あのさ、俺は勇者じゃないって」
「君がどう思うが、君は間違いなく勇者なんだよ」
「……俺さ、仕事のトラブルで王都を追いだされたことがあってさ。まー、いろいろあったわけだけど。最近、俺を追いだした奴についての手紙をもらってさ」
「……なんの話?」
貴族の子弟ケビンを注意したら、王都を追いだされて旅することになって。
そのケビンは生涯ずっと王都で兵士をするわけになったわけだけども。
「兵士長……俺がよく世話になった人から手紙がきたんだよ、俺を追いだしたケビンがちょっとずつ真面目に働くようになったって」
王都の人たちに揉まれたのか、稀にでも『よい表情をするようになった』とも。
クオンはだからどうしたという表情でいる。
「兵士長、面倒見がいいからな。目にかけていたんだと思う」
「なにが言いたいわけ?」
「俺も拗ねていた時期があったからさ、誰かのお節介のありたがさは知っているんだ」
モブすぎるあまり卑屈になっていたこともあった。
けっきょく自分をなにも変えられなくて、落ちこんでいたこともあった。
それでも立っていたのは、目にかけてくれる人がいたからだ。
「俺は迷うし悩むし間違ええるし……どこにでもいるさ、ただの門番だよ」
勇者なんてたいそうなものじゃないと、前を見据える。
そうやって戦う意志を見せつけると、クオンは呆れたように言った。
「ようやく? 遅いよ、剣が折れる前にそうしてほしかったな」
「……だからさ、俺は一人でここに立っているわけじゃあないんだよ」
クオンが不思議そうに顔をかたむけると、レールの下から声が聞こえてきた。
「旦那ー! 持ってきたよー!」
スルが鞘に納まった剣を持ってきた。彼女は「魔術で輸送をお願い!」と言って手渡すと、ハミィが笑顔で勢いよく投げつける。
俺は一直線に飛んできた剣の鞘をぱしりとつかむ。
いつぞやのスルに預けっぱなしだった超高級品装備。
いかなる魔を切り払う、黒銀の剣だった。
「なんだ、宿敵もちゃんと殺し合うつもりだったんだね」
「ちがうさ。もしものときは……トコトン付き合うつもりだったんだよ」
彼女が戦いを望むなら納得するまでトコトン付き合うつもりでいた。
考えのよくわからない子だしなと、俺は剣を抜いて悠然とかまえる。
目の前には、魔性の気配をさらに濃くしたクオンとヴァルボロス。
俺はトコトン付き合うために、今だけはかっこうをつけて言ってやった。
「こい、魔王クオン=ヴァルボロス。ただのダン=リューゲルが相手をしてやる」




