Sideクオン:真の魔王
メメナが女神キルリと対話していた頃、クオンは静かにそのときを待っていた。
メッガミー城の女神の間で、彼女はたたずんでいる。
まっ白いお城のまっ白いお部屋。星々を象った窓に、可愛い動物が描かれたステンドグラス。ファンシーな飾りがびっしりとついたカーテンと、少女趣味すぎる場所。
クオンは無表情で下界を眺める。
メガッミーランドがライトアップされていた。
古代人が夜の闇を畏れたのか必要以上に明るく騒がしい。死霊のささやく声もどことなく楽しげだ。
クオンは光なんかには絶対交わらないといった表情でいた。
《クククッ……奴ら、油断しきっているな》
精神内の魔王ヴァルボロス(力の断片)は勝利の笑みをうかべた。
クオンがどうでもよさそうに言う。
「油断はしていないんじゃない。なんか死霊が浄化しているみたいだし」
《死霊を対処すればよいと思っている時点で油断なのだ》
「ボクたちなんかいつでも滅ぼせる自信があるんでしょ」
《それこそ慢心よ。マヌケな神々め、300年前から変わっておらぬわ》
クオンはまぶしそうに下界を見つめる。
「ボクが覚醒しても倒せると判断したんじゃない。あの人、神々の肝いりでいろいろいじられてるみたいじゃん」
《安心しろ。お前もたいがいな存在だぞ》
「……褒めてる?」
《クハハッ、褒めておるわ》
門番が魔性に刃を突き立てる存在なら、クオンは神々に刃を突き刺す存在だ。
潜在能力ではひけをとっていない。
ヴァルボロスはそう確信している。
「じゃ、予定どおりにするよ」
《ああ、そのために茶番劇を見届けたのだ》
メッガー君の願いは、ヴァルボロスにとってはどうでもよいことだった。
役に立つかもしれないと思い、クラフトの杖まで導いただけで、彼の顛末など気にもしていなかった。
完全に魔性化しても、浄化しても、どちらでもよかったのだ。
「メガッミーランドのシンボル『万物の女神』の概念をのっとるよ」
《ああ、それでお前は魔王に目覚める》
「のっとるのは女神さまなのに?」
クオンはいまいちわかっていなさそうだ。
何度も説明したのにと呆れつつ、ヴァルボロスは告げる。
《必要なのは高位存在であることだ。畏れ敬われる女神という概念が、このテーマパークという文脈で一時的に成立している。お前は文脈をのっとるだけでいい》
そのためにクラフトの杖を改良した。
殺人デスピエロなんてのも生まれたようだが、アレは死霊がたまたま文脈に居ついただけで想定外の出来事だった。
「ボク、キラキラ可愛い女神さまになるんじゃないかなー」
《ならぬ。お前は規格外の闇だ。性質は反転し、女神の存在はけがされて魔に堕ちる》
「……ぶー」
本来は王都地下の本体が目覚めてから支配地域を盤石にするためのプラン。
そもそも女神の概念なんてのっとれないと普通は思うだろう。
クオンの潜在能力を舐めすぎだ。神々の傲慢っぷりを今から何度も足蹴にできると思うとヴァルボロスは愉快で仕方なかった。
《……ん?》
「ぶー」
クオンがなぜか不満げだ。マイペース娘が機嫌を損ねたらしい。
まったくもって魔王の自覚がない。できるなら自分が代わりにやりたいところなのに。
《クオン》
ここはがつーんと言ってやるかと、ヴァルボロスは思った。
「なーに?」
《………………楽しんだか?》
予期せぬ自分の言葉に、ヴァルボロスは困惑した。
クオンにも予想外だったのか、面食らった表情で呆けている。
楽しんだか、楽しんだか、楽しんだか。
なにをか?
魔王に覚醒させるとはしらず、仲良しこよしでテーマパークを完成させた奴らの滑稽っぷりのことだろうとヴァルボロスは考えた。
クオンはうっすらと笑う。
「楽しんだよ、古代の飲食を楽しめたし」
《ふん、食い意地のはった娘だ。世界を支配したあかつきには、人間どもを存分にコキ使って食の御殿でも建てるがいい》
「うん、そーする」
クオンはうすい笑みを浮かべたままテーマパークを見つめる。
光に交わることないと悟った横顔は、風格がただよっていた。
けっきょくクオンは孤独でいた。
最初から、自分と同じ魔王の道を歩むしかないとわかっていたのだろう。
惜しむらくは、よどんだ瞳ではないことだがなとヴァルボロスは思った。
《はじめろ、クオン》
「暗黒浸食」
クオンの足元からずぶずぶと影が広がっていく。
真っ白な液体に墨を垂らすように、白が黒に塗りかえられていく。星を象った窓は禍々しい装飾に、可愛い動物のステンドグラスはおぞましい魔物の姿に、ファンシーなカーテンは生皮をはいだようなおぞましいものに。
真っ白に輝いていたお城は、そうして暗黒の城と化す。
テーマパークの空気がざらりと粘着質のものに変わる。
クオンの禍々しい気配が地平線の先まで届くぐらい、色濃いものに変貌した。
とこしえの闇が顕現したと、ヴァルボロスは高笑う。
「クハハハハッ! よき闇をまとうではないか! クオン!」
クオンの全身から紫色のオーラがほとばしっていた。
少女は驚いた顔でいる。
自信の変化に戸惑ったのかと、ヴァルボロスは思っていたが。
「……どうした? ん?」
声が、いつもと違って聞こえる。
クオンはおかしそうに笑い、ついついと鏡を指差す。
「なんだ……なっ⁉⁉⁉」
鏡の中に、ガイコツのぬいぐるみのような存在がいた。
不細工なぬいぐるみだが、メッガー君みたいにどことなく愛嬌がある。
小さなぬいぐるみは空中に気怠そうにぷかぷかと浮いている。手足をわちゃわちゃ動かすことができて、ヴァルボロスはハッと気づいた。
「これが我の姿なのか⁉⁉⁉ こ、こんな……」
「可愛い可愛いマスコットだねー」
「くっ……‼ クオンがメッガミー城の文脈をのっとったことで、我もマスコットとして顕現したのか……⁉」
「みたいだね」
「しかも力は弱いままだし! お前と精神が繋がったままではないかっ!」
「くぷぷ」
なにがおかしいのかクオンは笑っていた。
想定外も想定外すぎる。こんな恥辱を味わうとは思わず怒りでカタカタふるえていたが、やることは変わらんとヴァルボロスは頭を切りかえた。
「ええい! 世界を支配できればなんでもよいわ!」
「お。立ち直った」
「離れられんなら仕方がない! いいか⁉ お前がダラけるなら、いっそう口うるさくするからな!」
「はいはい」
クオンは楽しげに暗黒城と化したメッガミー城でただずむ。
ここはもう世界を蹂躙するための魔性の住処となったのだ。
「いけい、魔王クオン=ヴァルボロス! 手はじめに奴らを血祭りにしろ!」
「うん、暗黒時代の幕開けだね」




