Sideメメナ:なんとかなーれ
メッガミーランドの喧噪を聞きながら、メメナはカフェのテラス席に座っていた。
もっともカフェは外観だけで中身はない。
それでも死霊たちには十分なようで、ひとときの安らぎのために利用している。くひひふひひと、死霊の声を聞きながらメメナは一息つく。
門番たちは他の場所で楽しんでいる頃だろう。
メメナは旅立った兄妹を想いながら、テーブルにクラフトの杖を置いた。
「ほれ、お望みのものじゃぞ」
対面には、女神キルリが座っている。
彼女はニコニコしながらクラフトの杖を受けとった。
「はいー、いただきましたー」
「杖は改造されていたようだが、問題ないのか?」
「こちらで直しますので……私がほしがっているとよくわかりましたね?」
「現世にノリでくる神はおらぬよ、目的があってのことじゃろう」
神々は現世に強く干渉できない。
面白そうで気軽にくることなんて絶対ありえないのだ。
目的は、神々の魔導具であるクラフトの杖回収、あるいはクオンのことだろうとメメナは考えていた。
「お主の想定どおりか?」
「あら、それじゃあ私が悪だくみしていたみたいじゃないですか!」
女神キルリはちょっと不服そうだ。
彼女は裏で手を回すタイプだ。けど根本は『面白おかしく楽しくなーれ』な性格であることは同タイプのメメナも察していた。
「なんじゃ、悪人と思ってほしいのか」
「む。彼とは一味ちがうツッコミ! まー、見せかけの腹芸なんて意味なしですねー」
女神キルリが居住まいを正した。
笑みは浮かべたままだが、笑顔が素の表情なのだろう。
「今回の受肉は、イレギュラーが重なったための急遽の対応です」
「神話の魔導具など厄介の種でしかないわな」
「本来は聖職者を導いて回収したりするのですが、時間がなくて」
「そのわりにはずいぶんと遠回りじゃったな。……ま、段取りがあったんじゃろうが」
メメナは死霊だらけのテーマパークを眺めた。
一人、また一人と、楽しい雰囲気に満足したようで迷い霊が浄化している。華やかなに彩られたテーマパークに溶けるよう消えていった。
「お主もお主で術をしかけたようじゃのう」
女神キルリは笑顔を崩さずに応える。
「はいな! もちろん、彼らが心から納得しなければ浄化しませんよ」
「わかっておる」
死霊たちは心から満たされたように消えている。
楽しく騒がしい夢と希望の王国が、彼らの傷を癒したのだとはわかった。
「のう、死霊が押し寄せてくると察しておったのか?」
「このあたりは過去の大戦で多くの血が流れた土地です。迷い霊が大勢あらわれて悪さするのではないかと……上の神さまも危惧しておりました」
「なのにワシたちに任せてくれたのか」
「テーマパークごと杖を破壊すべきと訴える方もいましたが……。私のような若い女神が間に入ったわけでして。悪しきモノの企みを利用して、迷える者を癒しましょうと」
若い女神という言葉に、メメナは片眉をあげる。
戦士を癒す女神の存在は大昔から存在していたはずだ。
なにかとワケありな女神のようじゃと、メメナは会話をつづけた。
「クオンと言う少女は何者じゃ」
「あれは世界の不具合です。存在してはいけないものです」
女神キルリの笑顔の圧が強くなる。
ひりひりした殺意がメメナに伝わってきたが、顔色を変えずにたずねる。
「ふむ、なにか宿しておるようじゃが?」
「魔王ヴァルボロスの断片ですね。封印のほころびから飛ばしたようです」
「……また厄介なものを宿しておるのう」
「闇の資質同士、呼び合ったようですね」
闇の資質について聞いたことがあるなと、メメナは思った。
人間の悪意や欲望から漏れでるように生まれた存在のことだ。悪意をばらまき、悪意を伝染させる。女神の言葉どおり存在してはいけない者。
魔王ヴァルボロスがそうだったと聞いていたが。
「あやつが闇の資質か……。本当にいるとはのう」
「彼女はまだ覚醒前のようですが」
「神々にとっても仇敵ではないのか? よく大人しくしておったな」
「彼女のような存在が他にもいるか、たしかめる必要がありましたから。あの様子ですと、他にいないようですね」
女神キルリは笑顔だが、怒りを隠しきれていない。
まるで大昔の当事者だったかのように苛立っている。
(魔王のことになると冷静さが保てんようじゃが……)
魔性を……特に魔王ヴァルボロスを忌み嫌っている女神キルリ。
メメナはそこで彼女が何者なのか察した。
「そうか。お主は大戦時の勇者パーティーの一人、聖女キルリなのじゃな」
「はいなー。意外と気づく人いないんですが、よくわかりましたね」
「聖女キルリの伝承が好きでな。遊び人時代の逸話は大好きじゃぞ」
「遊び人時代とは通ですねー」
女神キルリは困ったように笑った。
勇者パーティーを初期から支えた遊び人キルリ。
バニースーツ姿で世界を明るく楽しく騒がしく変えようとした彼女は、聖女に覚醒する。
聖女となって仲間を支えつづけた彼女は、非業の死をとげてしまうが。
「まさか、女神さまになっておるとはのう」
「先代女神さまに魂を救われまして。『へいへいへーい、アナタ裏方から世界を癒してみない?』って誘い文句にやられちゃいました」
「……兄様に目をかけるわけじゃな」
「だって彼の子孫ですもの!」
女神キルリはそこで照れくさそうに微笑んだ。
伝承では勇者と恋仲だったとされているが、詮索は野暮だろう。
「だから私も……魔王になりうる存在なんて今すぐ滅ぼしたいんです。遺恨もありますが、それよりも完全に覚醒させるわけにはいけません」
「よほどの資質の持ち主なのか?」
「彼に届くかと」
門番に匹敵する強さなのかと、メメナは不安を覚えた。
「…………わかってはいるんです」
女神キルリは悔しそうに目を伏せる。
「彼女は未来を暗黒に染めあげます。そうなるだけの資質と孤独を秘めています」
「……」
「ええ、彼女は一人なんです。ただ、闇に魅入られただけなんです」
メメナは黙って聞いていた。
遊び人キルリが聖女と祀られ、後世に語られるのも理由がある。
世界を明るく楽しく騒がしくをモットーにしていた彼女は人間だけじゃない、闇の者にも目を向けた。彼女は彼女の信念で、勇者と共に暗黒時代に光をともした。もしやすれば魔王と和解できるのではと人類に希望が芽生えもした。
そうして非業の結末を迎える。
そんな彼女の生涯に心打たれ、熱心な信者がいるほどだ。
だからこそ心を痛めている。無力な自分に悲しんでいるのがわかる。目の前にいるのは自分の大好きな遊び人キルリなのだと、メメナは実感した。
「なら、信じて待とうではないか」
「……待ってもよいのでしょうか」
「根拠もなく、なんとかしてくれると信じておるのだろう」
「…………ええ」
過去の勇者を思い出したのか、女神キルリは悲しそうに微笑んだ。
これは信頼というより、確信や自信に近い。
しかし無根拠の自信なんて身を滅ぼす原因となる。自分一人でなんとかできると強がり、メメナは幼い頃に体内の魔素を乱用した。
それで成長が止まってしまったけれどもとメメナは思う。
「よき方向にきっと向かう。ワシはそうなると信じておる」
「とても信頼していますね」
女神キルリに微笑まれて、メメナはまばたきした。
たしかに自分よりめちゃ年下の男子を頼りにしまくっている。自分が思うよりもずっと熱をあげているなと自覚した。
(……ふむ、ますます本気になりそうじゃのう)
メメナは苦笑しながら、腹をくくる。
「なにかあればワシら大人が命をかける。だから、今は祈ろう」
「女神にですか?」
「いんや、自分が信じるものにじゃよ」
困ったたときの神頼みほど届かないものはない。
だから祈るのは神ではなく、みんなでつちかってきた思い出に絆だとメメナは今までの滑稽で愉快な旅を思い出した。
そして、よくない気配が濃くなったと気づく。




