第34話 ただの門番たちと夢と希望の王国⑥
俺たちはメッガミー城前の花畑にやってくる。
人だかりならぬ死霊だかりができていて、メッガー君が騒いでいた。
「花畑に勝手に入るなよう! 僕が大事に育てたんだぞ!」
「くひひひひっ……!」
草刈さんは大鎌を持って花畑に佇んでいる。
サクラノたちは先にいたようで、俺たちと顔を合わせるなり安心した表情になった。
草刈さん、花畑の花でも刈ろうとしたのか?
そんな分別のない人じゃないけれど……メッガー君は怒っているな。
「花畑は妹のために作ったんだ! お前のためじゃない!」
「くひっ、くひひひっ!」
草刈さんは花畑を出ようともせずに、ずっと笑っている。
だいたいの事情はわかった。なぜだかしらないが草刈さんが花畑から動かないんだな。
メッガー君が石を投げる前に、俺とメメナは死霊だかりを突っきる。
「待て待て待て!」
「お、おにーさん……女神さま……。で、でもでも!」
メッガー君は怒りをおさめたようだが、それでも興奮していた。
俺はやんわりと言う。
「草刈りさんは悪い人じゃないよ。俺からも言っておくからさ」
草刈りさんはいかにもやらかしそうな外見だが、見た目に囚われはいけない。普段の態度や仕草から、とても心優しい人だとわかる。
「なに言ってるの⁉ ホラーハウスの殺人デスピエロだよ‼」
「殺人デスピエロなの⁉」
「そーだよ! なんでいるのかわかんないけどさ!」
顕現していたのか⁉⁉⁉
どのあたりが殺人デスピエロ⁉ デスピでエロって感じはぜんぜんしないぞ⁉
それにだ!
「だ、だけど、草刈さんから邪悪な気配まったくしないぞ?」
草刈さんが邪悪な存在ならわかるはず。気配も隠していないし。だからこそ外見が怖くても警戒していなかったのだが。
俺が目をやると、草刈さんはおずおずと口をひらいた。
「あり……がと……お花畑……。パンジー……好きだった花……」
え? 女の子の声???
メッガー君は心当たりがあるのか、ぽつりとつぶやく。
「ルミナ…………?」
メッガー君が吸いこまれるように花畑に足を踏みいれる。
おそるおそる、けれどずっと待っていたものをたしかめるように聞いた。
「ルミナ、なの……?」
「うん……ルミナ……」
「ど、どこにいたんだよ! ずっと待っていたのに!」
「おにいちゃんを……ずっと心配していたぁ……。ずっと見ていたよぅ……」
メッガー君の妹……なのか?
妹さんは亡くなったはずだ。なら、死霊として本当にやってきたのか?
ルミナという子の心から心配する声に、メッガー君は足にすがる。
「ごめんごめんごめんごめんごめん! 僕がちゃんとしていなかったから! ルミナばかりに辛い思いをさせて……!」
「そんなことない……。おにーちゃんがいたから……いつも楽しかったよ……」
メッガー君は妹だと疑っていないようだ。
けど、どうしてルミナは殺人デスピエロの姿で???
俺が混乱していると、隣のメメナが二人を見つめたまま説明する。
「死霊としてメッガー君をずっと見守っていたようじゃな。メガッミーランドという特異な場所のせいで、殺人デスピエロの姿で顕現してしまったようじゃ。意識がハッキリしなかったのは……そのあたりが影響かの。兄を想う気持ちだけは残りつづけたようじゃが」
だから草刈りの手伝いをしていたのかな。
「メッガー君が今まで気づかなかったのは?」
「視野狭窄だったのじゃろう。念願のメッガミーランドが完成して、ようやく視野を広げたようじゃな」
まあ、可愛らしいマスコットな感じでも魔性だからな……。正気を失いかけたことも何回かあったし。
俺が納得していると、メッガー君の魔性の気配が濃くなってしまう。
「けどけどけど! ルミナは、幸せになるはずだったのに!」
「おにいちゃん……ルミナは……」
「だからだからだから僕は……! 僕は……! 僕は……!」
「おにいちゃんにずーっと想ってもらえて、ルミナこんなにも幸せなことはないよ」
ルミナは意識がはっきりしたのか、優しい口調で告げた。
メッガー君の魔性の気配が消えていき、ルミナは大鎌を置いて手を差しのべる。
「いこう、おにいちゃん」
「どこへ……?」
「今度はおにいちゃんが帰る番」
「そっか……そうだよな……。ずいぶん……道に迷っていた気がするよ……」
メッガー君が糸の切れた人形のようにぽてんと倒れる。
殺人デスピエロ姿のルミナもだ。
どうしたのかと俺は駆けよろうとしたが、代わりに別の誰かが立っていたことに気づく。
10歳前後の兄妹が仲むつまじく手をつないでいた。
「いこっか、ルミナ」
「ねえ、お兄ちゃん。ここは楽しくて騒がしくて……いい場所だね」
「だろう? 僕、みんなと頑張ったんだよ」
生前のメッガー君がふりかえる。
大事な妹と手をつなぎながら手をふってきた。
「女神さまー! みんなー! ありがとうー!」
すべての迷いが晴れたような子供らしい笑み。
俺が自然と手をふりかえしていると、メメナが俺の手をにぎってくる。
「うむ、もう迷うんじゃないぞ」
メメナも笑顔で手をふりかえしていた。もう片方の手は別れを寂しがるように、俺の手をぎゅっと強くにぎってくる。
幼い兄妹は心から幸せそうに笑い、花畑を駆けていく。
夢と希望の王国メッガミーランドの喧噪を聞きながら二人は虚空へと消えていった。




