第33話 ただの門番たちと夢と希望の王国⑤
夢と希望の王国メッガミーランドは開園した。
夕焼けに染まるテーマパークは各アトラクションがいっせいに動きだして、夜空の星々より輝いている。カップルや家族連れ(おそらく。死霊なので判別はつかない)が、夕涼みでもするように遊園していた。
音楽がさらに楽しい雰囲気にさせている。
いやまあ「ふふ……」「くく……」「ふひひ……」と死霊の声が聞こえてくるけども、特に悪さするわけでもないらしい。
メメナが灯した優しい光が彼らを癒しているのだと思う。
忙しそうだしやっぱり運営に回ろうとしたのだが、スルがそれを止めた。
「うちら悪魔族がやっておくからさ、旦那は好きに回ってきなよ」
「けど」
「みんな旦那たちには感謝しているんだ。これぐらいやらせてよ」
スルは屈託なく笑う。
特にたいしたことはしてないのだが、スルの笑顔は好きなので提案をありがたく受けいれることにした。
とは言っても、どう遊ぶべきか実は困っていた。
王都の祭りごとではいつも警備側だ。遊んだことはない。サクラノとハミィは特訓と称して絶叫系アトラクションを遊びに行っているが。
……のんびりと雰囲気を味わうのはダメかな。
そう考えていたら、腕をスッと組まれる。
「兄様ー、ぼんやりしてどうしたんじゃ?」
セーラー服姿のメメナが、俺を見あげながら片腕を組んできた。
無邪気で無防備……ではない。思いっきり意識させにきている。そんなことでドキドキする俺ではないと、少し頬が熱くなりながら言ってやった。
「実はぼんやりするしか思いつかなくてさ。困っていたんだ」
「なんと、ならワシと同じじゃなー」
「……メメナも? メッガー君は?」
「女神さまにも休みが必要なんじゃと。族長のときは一人の時間はそうなかったからのう。祭りごとで自由になれる身ではなかったのじゃ」
ということはお互いに暇しているわけか。
それならと、誘い待ちのメメナに告げる。
「一緒に見て回ろうか、女神さま」
「はは、兄様にそう言われると照れるのぅ」
メメナはすこし恥ずかしそうに笑った。貴重な笑みだ。
というわけで、二人でメッガミーランドを歩いていく。
雰囲気だけでも楽しいと感じるのは、死霊たちが楽しんでいるからだと思う。死霊の表情はわからないからが楽しんでいると思う。そうだと嬉しい。
けっきょくのところ俺は、離れた位置でみんなを見守るのが好きなようだ。
「兄様ー、アレに乗ってみんか?」
「いいね。うん、ゆっくりできそうだ」
俺は二つ返事でうなずいて、大観覧車へと向かう。
大観覧車の搭乗口では死霊がけっこう並んでいて、死出への旅路かと錯覚してしまう。すぐに出番がやってきて、スタッフの悪魔族が笑顔で話しかけてくる。
「お二人とも仲がよろしいですねー。……スルもよろしくですよ?」
「? あ、ああ。うん」
よくわからないまま返事した俺に、メメナがくすくすと笑った。
ゴンドラに二人して乗る。だんだんと地上から離れて行った。空に少しずつあがる感覚はそうそう味わえないな。空中でふんばるのは気合が必要だし。
「それでメメナ」
「んー? なんじゃー兄様」
「どうして俺の隣に座っているんだ?」
俺のすぐ隣にメメナが座っていた。
正面に座れるスペースがあるのに、わざわざ隣で座っている。外の景色なんて見ようとせずにニッコニコで俺だけを見つめていた。
「なあ。正面に座って、ゆっくり景色を――」
「てい」
こてんと転がされ、俺の頭はメメナのやわらかい太ももにポテンとおさまる。
悪戯大成功といった表情が目の前にあった。
「兄様ー、いささか隙だらけじゃないかー?」
「……ここは景色を眺める場所だと思うけど」
「ここは二人きりでイチャイチャする場所でもあると思うぞ」
メメナは狭いゴンドラ内を見渡した。
たしかに景色を見ながらイチャイチャできる空間だけども。だからって年下の女の子とイチャイチャするわけにはいかないのだ。
俺は起きあがろうとしたが。
「兄様、見守ってくれてありがとうな」
メメナが優しい笑みで頭を撫でてきた。抵抗する気が煙のように消えていく。
俺、メメナには一生勝てない気がするなあ……。
「メッガー君のこと?」
「……メッガー君のこともあるし、みんなのこともじゃよ」
「メメナも同じだろう。みんなをよく見てくれている」
少女がみんなを支えてくれるのは、俺だけじゃなくて仲間も知っている。
たまーに悪戯をしかけてはくるが。
「ワシのはもう族長の癖みたいなものじゃしな」
「俺だってそうだよ。門番の職業病みたいなものだ」
「……兄様、ほんとは魔性に堕ちたモノは早く倒したほうがええんじゃ」
メメナはさみしげに微笑み、俺の髪をくしゃりと撫でる。
メッガー君や……もしかしたらクオンのことも言っているのかも。
「……様子見はやっぱりよくないか?」
「よくはないが……その判断はあくまでワシの狭い世界にもとづくものじゃ」
一番視野が広いメメナの発言とは思えず、俺は目を丸くした。
銀髪の少女が横髪をかきあげる。そんな仕草にドキリとする。
「ワシは外の世界をずっと知らんかったからのぅ」
「なんでも知っているのに?」
「話には知っている、というやつじゃよ。この歳になるまで世界を旅するともつゆにも思っておらんかった」
「メメナはまだまだこれからじゃないか。一番若いんだし」
メメナは苦笑する。
「じゃな。楽しくて楽しくて仕方がない。もちろん故郷での生活も充実してたがの」
「楽しくて楽しくて、たまに悪戯したり?」
「うむ、だから勘弁しておくれよ」
メメナが悪戯っぽく笑うので、俺は仕方なそうに笑いかえした。
「みんな兄様のおかげじゃ」
「俺を買いかぶりすぎだよ」
「いんや、みんなを良い方向に導いてくれる。その力があると信じておる。兄様が変わらずみんなを見守ってくれることが、ワシはなにより嬉しいのじゃ」
過大評価だって……返せないな。
まっすぐな信頼を向けられると、まっすぐに返したくなる。
「メメナにさ、心の底から楽しんでほしいからだよ」
「ふむ。それは……よい表情すぎるな」
メメナは片眉をあげて、困ったような顔をする。そしてなにを思ったのか妖しくニッタリと笑い、俺を起こした。
膝まくらはもう終わりみたいだ。……ちょっとだけ名残惜しい気もする。
「兄様」
「ん?」
「名残惜しいか?」
「へ? い、いや、その……!」
「ふふっ……あー、おかしい」
クスクス笑うメメナに、俺はもう子供みたいに黙りこくるしかなかった。
観覧車が頂点を過ぎると、メメナが目を細めた。
「なんじゃ? 騒がしいな」
俺たちはゴンドラの窓から景色を眺める。
メッガミー城前の花畑で、草刈さんとメッガー君がなんだか喧嘩しているようだった。




